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すべてが0になる 〜問題編1〜

     1

 2005年 10月22日 土曜日

 こんなチャンスはまたとないと思った。
 今までは金を用立てて欲しいと言っていたのに断られてきた。
 それが突然舞い込んでくるようなチャンスがやってきたのだ。
 父の蒲生影夫から電話があったのは1週間前だった。
『来週の今日と同じ曜日に別荘まで来い。お前が言っていた金の話をしようじゃないか』
 どういう風の吹き回しなのか親父はそう言った。
『その時に私の絵画を賭けてゲームを催す。来ればお前の望みだった資金も得られるかも知れないぞ?』
 俺はベンチャー企業を立ち上げていたが、新規の事業を立ち上げるには資金が少し足りなかった。
 方々からは資金調達を行っていたが、それでもわずかに足りていなかったのだ。
 親父は画家で、1枚描き上げ市場に出せば500万とくだらない金額が舞い込む絵を生み出す人物だ。
 絵の1枚でも手に入れば資金になる事は間違いなかった。
 親父の話では最近描き上げた絵があり、その絵は1000万での購入希望者が出ているとの事だった。
 絵画が手に入れば1000万は固い。
 その資金さえあれば新規事業も問題なく立ち上げることができるのだ。
 俺は二つ返事で承諾し、別荘へ向かう事を決めた。
 親父が催すゲームとやらには何としても勝たなければいけない。
 参加者は俺の1人の妹と2人の弟との事だった。
 伊達に社長業をやっているわけではないところを兄弟に見せ付けなければならないと思った。

     2

 2005年 10月22日 土曜日

 黙って貯金を使ってしまったことが夫にバレてしまい、どうして良いか途方にくれていた。
 そんな私に神が手を差し伸べるように1本の電話がかかってきた。
 父の蒲生影夫からの電話だった。
 貯金の補填を何とかできそうな電話だった。
 株を購入して失敗した金額の風穴が軽く埋まってお釣りが来るような話を父はした。
 別荘で催されるゲームをクリアすれば夫にも申し訳が立つと私は思った。
 夫は海外で活動をしている翻訳家で、日本に入る映画の数多くを手がけていた。
 何不自由なく生活する私は刺激が足りていなかったのだ。
 夫に黙って株を始めていたとき、最初は大きなバックが来ていた。
 それに味をしめてしまい、気がつけば株式欄を完全把握するまでになっていた。
 プラスになっている時は全くと言って良いほど帰ってこない夫が、マイナスになった途端に帰ってきたのだ。
 気づいて帰ってきたのではなく、偶然帰ってきたタイミングがたまたまマイナスの時期だったのだ。
 黙っていたことへの天罰とばかりのタイミングでバレてしまったというわけである。
 久しぶりの夫婦海外旅行の計画も貯金がなくなってしまったことでお流れになるところだった。
 そこへ父からの電話だった。
 渡りに船とはこの事だ。
 ゲームなら自分の土俵なのだから断る理由などない。
 父からの誘いに即答して私は別荘へ向かうことへした。
 ゲームで厄介なのは兄の青次だろう。
 だが私の敵は弟たち二人ではなく兄一人と考えれば気が楽なものである。
 何をおいても1週間後には勝負と結果が待っているのだから今からやる気は漲らせておくことにしようと思った。

     3

 2005年 10月22日 土曜日

 親父からの電話は俺の欲望を鷲づかみにしてきた。
 恐らく兄弟の中では一番稼いでいるのも俺だろう。
 何と言っても親父の絵を販売する画廊を経営しているのだから、間違いないはずだ。
 1枚安くても数百万の絵を欲しがる連中は山のようにいる。
 親父の画家仲間の絵画も売りさばいている。
 事業が起動に乗り出したときには親父は絵を提供してこなくなった。
 もちろん親父の絵が無くても他の画家の絵だけで苦なく暮らしてはいけるが、それでも親父の絵を欲しがる連中が離れているのも確かだった。
 また親父の絵が1枚でも手に入れば、離れていた連中もしばらくは足繁く通うようになるはずだ。
 いつまた入荷するか解らないという焦らしの効果が期待できるからだ。
 親父が催すゲームがどんなものかは知らないがチャンスはチャンスである。
 画廊を任された幸運が蘇ってきた今なら負ける気がしてこない。
 ただ一つ気になるのは末弟の光一の存在だ。
 親父は目に入れても痛くないといわんばかりに光一の事を気にかけては構っている。
 ゲームを光一有利に持っていく可能性だって考えられるのだ。
 兄の青次や姉の緑に有利に働くことは恐らくないだろう。
 俺からしてみれば唯一のライバルは弟、光一の他にはない。
 そこだけに注意を払うよう心がけ、俺の気持ちは別荘へと向いていた。

     4

 2005年 10月22日 土曜日

 海外への留学ができるかどうか迷っている時に父から電話が来た。
『光一、留学を考えているようだが、資金は大丈夫なのか?』
 老婆心が先だってかけてきたような電話だった。
 話を聞いてみると父はゲームを行って勝ち得た一人に自分の最新絵画を手渡すという事だった。
 俺は父に憧れて同じ世界に入ろうと思っているわけではなかったが、それでも父の偉大さは解っていた。
 貧乏美大生の俺は、父からの援助はあえて受けないようにしながら美術に励んでいた。
 何故ならスネをかじってコネを使い自分を売り出したくはなかったからだ。
 そんな俺の気持ちを知らないといった様子で気を遣ってくる。
 親心としてはありがたいが、今の俺にとっては一種の足かせである事は間違いなかった。
 だが留学資金が欲しい事は確かであった。
 海外で美術的な感覚も自分の絵も磨いて行きたい気持ちが高まっていたのだ。
 この時ばかりは父の言葉に気持ちが揺らいでしまった。
 兄達や姉にもその気持ちを心ばかり配っているようであれば俺も参加するとだけ伝えで一応電話を切った。
 今は長男の青次に資金の一部は面倒を見てもらっているのだ。
 姉夫婦にも海外からの美術書などを手に入れてもらったり、次男の赤人にも色んな画家の人達を紹介してもらっている。
 そんな兄や姉に絵が行くのが妥当であるとは思うのだが、それでもゲームに参加するのだからそれなりに立ち振る舞わなければならないだろうとは思う。
 留学資金を手に入れるか、それとも……。
 俺の葛藤は大きくなるだけだったが別荘に向かってからの気持ち次第ということにするしか今は術がないような気がしていた。

     5

 2005年 10月29日 土曜日 13:00

「よく集まってくれたな。それぞれに暇を空けてくれて私は嬉しく思っているぞ」
 シワを刻んだ顔で蒲生影夫は別荘に集まった兄弟へ伝えた。
 集まったのは蒲生影夫の実子4人。
 長男の青次、長女の緑、次男の赤人、三男の光一だった。
 そこへゲームとは無関係の私が招かれていた。
「今日はゲームを開催するわけだが、そこに不正が生じないように信頼の置ける加賀マコトくんに来てもらった」
 簡単ながら私は紹介され、軽くお辞儀をして見せた。
 私の父が蒲生影夫氏と旧友で、何度かここの別荘にも招待されたことがあった。
 その時に4兄弟とも顔を合わせている事はあった。
 長男の青次はベンチャー企業の社長であるが、気難しい性格ではなく、むしろ気さくな性格の人である。
 初対面のときでもこちらが気を遣わなくても良い空気を作り出してくれる優しさを持っている。
 この人のもとで働いている社員の人達も恐らく働きやすいのだろうことがすぐにわかった。
 長女の緑は紛れもなく美人の部類に入る人だろう。
 知的な人で、気の利くそれこそパーフェクトな女性である。
 ただ、時おり見せる天然ぶりが完璧さを崩していることもある。
 だがそういった欠点も持ち合わせているのだから人間的でもあり、やはり完璧な人じゃないだろうかと思えてしまう。
 次男の赤人は4兄弟の中で一番自由人なタイプの人物だ。
 性格の起伏も激しく、機嫌の良いときに会えば何をしたとしても笑って許すような感じがある。
 その逆であれば席を外さなければならないくらいの空気になってしまうほどの起伏の激しさがある。
 三男の光一は私とは同じ年齢で、一番気が合う。
 表には出さないが誰よりも人に気を遣う人物で、特に兄弟に対しては常に感謝の気持ちを持っているところがある。
 父の影夫氏とは無理やり疎遠な態度で接しているが、兄弟に対する感謝の気持ちと同じくらいのものを持っていることを私は知っている。
「まぁ私は皆を信頼しているがね。ただゲームにイカサマはつきものだからと言う事でお願いしたわけだよ」
「不正のことを聞く前に俺はゲームの内容を知りたいけどな」
 赤人がソファにどっかり座り、後頭部あたりで手を組みながら言った。
「そんなに私の絵が欲しいのか? 嬉しいことを言うもんだ」
「親父の絵が欲しいからこそ、俺も緑も赤人も光一も来てるんじゃないか」
「そうよ。ゲームを楽しむだけじゃなくて父さんの絵の話が出たから来てるのよ?」
 青次と緑が続けるように応えている。
「光一はどうだ?」
 二人の声を聞き終わってすぐに影夫氏は光一に問い掛ける。
「兄さんや姉さんほど欲しいかって言われるとそれほどでもないかな」
 相変わらずの父への態度をとっていたが、それでも満足なのか影夫氏は笑いながら頷いている。
「よし! それじゃあゲームの内容をざっと説明しようか」
 膝をポンと打って立ちあがると影夫氏。
「お前達にはある数字を考えてもらう」
「ある数字?」
 端正な顔をゆがめながら緑さんは聞き返している。
「それぞれ自分の好きな数字で良い。それを考えてもらうだけでいい。私も数字を考えることにする……と言うよりも私の数字はすでに決まっているがね」
 影夫氏の返答に一同は得心のいかない顔で首を傾げている。
「私が考えた数字とお前達が考えた数字を合わせて『1000』により近かった者がこのゲームの勝者になる。例えばだ、青次」
 突然名前を出されて目を開く青次を指差し影夫氏は続けた。
「青次が400という数字を考えるとする。私が仮に同じく400という数字を考えていたとすると合わせて800になるな?」
 青次以外の者達も頷いて聞き入っている。
「この800という数字が青次の持ち点となるわけだ。もし緑が500と言う数字を考えていた場合は合わせて900。この場合は緑が勝ちになるというわけだ」
「つまりは父さんと個人が考えた数字を合わせて1000に一番近いものが勝つことができるってことか?」
 光一の言葉に必要以上に頷きながら影夫氏は笑顔を向けている。
「ただしだ。縛りも設けようと思っている。合わせて1000を越えた者はその時点で失格とする」
「ブラックジャックみたいなものか」
「解りやすい例えだな赤人。ブラックジャックのような感覚でやってもらえば良い。私の数字はすでにこの紙に書いてある」
 言いながら胸ポケットを探り1枚の封筒を取り出してみせた。
「不正が起こらないようにするにはマコトくんに今、ここで数字を確認してもらうためだ」
 封筒を私に渡すと中を見るように影夫氏は言った。
 私は中から皆に見えないように紙を取り出し、数字を確認し封筒の中に紙を戻した。
「どうだね? しっかり数字は書かれてあっただろう?」
 影夫氏の言葉に私は頷いて見せた。
 一体誰が影夫氏の数字に合わせて1000へ近づけるのか少し楽しみができた瞬間でもあった。
「ではこの封筒は私が管理をする。お前達はそれぞれ思うままに数字を考え、明日の朝までに私と同じように封筒に数字を書いた紙を入れておくように」
「えらく簡単な内容ね。けどゲームと言うより『運試し』じゃないの?」
 知的遊戯ではない感じがしたのか緑さんは少しふくれたようにしている。
「そこはお互いの数字を探りながら自分で決めるところじゃないか。知的な要素も入っているとは思うがね?」
「知的であれ運試しであれゲームはゲームだな。ところで親父、一つ疑問があるんだ」
 青次はひとつ納得いったという意思を示しながらもさらなる疑問を提示した。
「もしも親父と合わせた数字で、2人以上が同じ数字で同率一位になった場合はどうなるんだ?」
「同点数だった場合か。これはお互いで示し合わせてやられては一番困るからな」
 つまりはこういう事だろう。
 全員が仮に同じ数字を談合して出した場合は全員が同率で1000に近くなってしまう。
 1位が多数いてはゲームとしての効果を失ってしまうというわけだ。
「示し合わせていることが発覚すればその時点で不正になるわけだ。不正を行ってしまったとなればもちろん失格とさせてもらう」
「けど偶然でも起こり得るだろう?」
「全員が同じ数を選ぶ確率など殆どないに等しいが無いとは言いきれないな。その時に不正が行われていないのであれば、相当額の別の絵を分け与えよう」
 胸を反らせて太っ腹な解答を影夫氏は提示した。
「そこでだ、マコトくん。君には申し訳ないがここのメインフロアで寝泊りしてもらいたい。この4人の部屋は必ずメインフロアを通らなければそれぞれの部屋へは行けなくなっている。通りすぎたところで君の監視があれば誰が誰と話をしたかが解る訳だ」
 別荘の中央に今いるメインフロアがある。
『■型』のメインフロアの東に青次の部屋、西に緑の部屋、北に赤人と3つの部屋があり、南は出入り口。
 メインフロアから伸びる2階への階段を上がると影夫氏の部屋と光一の部屋がある。
 私がメインフロアに居れば、少なくとも参加者の部屋へ移動するときは必ずメインフロアを経由しなければならなくなる。
 2階は吹きぬけ状になっていてメインフロアから影夫氏の部屋へ行ったのか、もう光一の部屋へ行ったのか解る構造なのだ。
「窓は、はめ殺しになっているから、窓から外へ出て話し合う事もできないだろう。ただ一つの方法を除いては……」
「これだろ?」
 影夫氏が溜めるように言うのに反応して光一はポケットから携帯電話を取り出した。
「さすがは光一だな。携帯電話で連絡をとられてはまずいからな。全員携帯電話を私に渡してもらおう」
 影夫氏の言葉で赤人が舌打ちをしたが、それでも全員携帯電話を父に託していた。
「これで談合はできないだろう。偶然以外で起こり得ることは無くなったわけだ」
 満足げに微笑むと影夫氏は首を縦に振っている。
「それじゃあゲームの開始だ」
 父の言葉を受けた参加者たちは、それぞれが自分たちの部屋へと戻って行った。


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かまいたちの迷宮へ