廃村の謎 〜問題編2〜

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 2005年 7月18日 20:00

 闇が支配した廃村は夕暮れに染まっていたときとは違い不気味に侵入者を睨みつけているようだった。
 一番手として僕は廃村の中腹に当たる農家の入り口に立っていた。
 軒先に表札がかかっていたのか、出っ張った釘があったのでそこにストラップを掛けた。
 可愛らしい猫をモチーフにしたストラップだったが、廃村の一部と化すとそれはもう元の可愛らしさを失っていた。
 右手に持った懐中電灯で照らしたところで、それは変わりはしなかった。
 一仕事を終えて僕は心もとない懐中電灯の明かりで帰路についた。
 通りすぎる農家にも時おり光を当てるが、一様に同じ不気味さしか残していなかった。
 しかしいくらか光を当てているとある共通の事実に気がつく。
 朽ちている壁を持った農家であれ、まだ息を感じさせる農家であれ、全て玄関口のドアがなかった。
 獣が生あるものを食い尽くそうとするかのように闇の口を開いているのだ。
 そんな影を見ながら戻っていると、このまま帰れなくなるのではと錯覚を起こしそうになる。
「悪趣味な企画だな……」
 僕は複雑な気持ちを抑えて独白した。
 一番手の仕事はストラップを置いて帰るだけなのでそれほど時間もかからず皆のいるテーブルへと戻った。
「早いんだぁ。怖くなって早かったの?」
 クスっと笑いながら藤宮が言った。
「まぁね。行ってみれば解ると思うけど、無気味さだけは保証するよ」
「あぁ! いじわるなんだぁ!」
 今度はスネたような表情で言う。
 表情豊かというか表情を作る筋肉が豊かに育っているんだろうと思うと少しおかしかった。
「それから、暗いだけに時間がかかると思う。25分くらいに制限時間を延ばしたほうがいいかもしれないな」
「それって私の対する反撃?」
「違うよ。足場だって悪いからな。気をつけた方が良いって意味も込めて提案したんだよ」
「優しさ?」
「好きな方で取ってくれ」
 お互いに笑みをこぼして会話すると「仲がいいことで」と半田が余計な口を挟んだ。
「司馬くん。ヒントとかってある?」
 暗がりで探すのは大変だろうからヒントくらいは出してやろうと思い、頭の中で模索した。
「ヒントになるかは解らないけど、入り口の表札を掛けるようなところに掛けてきたよ。変に下を探さなくていいって点ではヒントになったか?」
「う〜ん……。それだけ?」
「まだ欲しいのか?」
 僕が問うとしばらく考えた後に「それだけでいいわ」と笑みを作って答えた。
 テーブルにあったネズミを模したキャラクターストラップを握ると藤宮は立ちあがった。
「直ぐに帰ってきて見せるわよ? もし見つからなかったらその時は……」
「その時は?」
「ヨロシクね。司馬くん」
 そう言うと藤宮は闇の中へ吸い込まれていった。

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 2005年 7月18日 20:50

 明希はしきりに携帯を開けては時間を見ていた。
 僕が帰ってきて交代してから30分をとうに過ぎでいたからだ。
「悔しがってまだ探しているだけじゃないのか? 気にするほどでもないだろう」
 どうとでも無いといった表情は半田。
「でも確かに遅すぎるな。みんなで探しに行くか?」
「うん。それが良いと思う」
 僕が提案すると明希は頷きながら同意した。
「みんなで行くことはないんじゃないか? ここに帰ってくるかもしれないわけだし……」
「じゃあ半田さんだけここで待っててください。私と司馬くんで探しに行きますから」
「じょ、冗談だよ。もちろん俺も行くさ」
 二人にさせたくなかったのだろう。すぐに半田は前言撤回した。
「もしもすれ違いで帰ってきた時のために書置きを残していこうか」
「うん、そうしましょう」
 僕は車にあったカバンからメモ帳を取りだし、藤宮を探しに行った旨を書いた。飛んでいかないようにテーブル中央のランタンを重石として乗っけた。
「じゃあ行くか」
 それぞれに懐中電灯を手に持ち立ちあがった。

「こんなに真っ暗なんだね……」
 廃村の全景を見ながら明希は呟いた。
 薄い闇をたたえた空を凹凸の影が境界線を描いている。
 いつかは全てを飲み込んでやろうという意思が伝わるような気がした。
「携帯さえ繋がればこんな面倒もないのにな」
 舌打ちをしながら半田は携帯の液晶画面を見ている。
 山奥だから電波が届かないのか、それとも廃村が電波を飲み込んでいるのかさえ怪しく感じてしまう。
「これだけ暗いと探しにくいな」
 だからといって手分けしても効率が上がりそうでもない。自分なりに良い案を模索しているときに明希が口を開いた。
「一緒に固まりながら探すよりも、少し離れた距離で探して集まるっていう繰り返しで探した方がいいのかしら?」
「なるほどな。一度に離れるより効率は良いかもしれないな」
「じゃあ、そういう風に探しましょう」
「あ、ちょっと待った」
 直ぐに行動に移りそうだった明希を制するように僕は言った。
「どうしたの?」
「先に俺が吊るしたストラップのある農家へ行ってみないか? もしストラップが無くなっていたら範囲が絞れるかもしれない」
「どうして範囲が絞れるんだ?」
 懐中電灯を下から当てた半田がいぶかしげな表情で尋ねてきた。
「藤宮は石原さんが探しやすい場所にストラップを置くって言ってただろ? ということはあまり奥の方に置きに行ったりはしないんじゃないかと思うんだ」
「なら始めから想定できる範囲を探せば良いじゃないか」
「俺はストラップを中腹くらいに位置する農家に置いてきたんだ。もしストラップが掛かったままだとしたらそれより置くに行ってる可能性もある。奥に行ってたとしたら早く探さないとマズイだろ?」
「何がマズいんだ?」
 自ら考えることを拒否するように半田は質問ばかりしてくる。
「奥に行ってた場合、道に迷ってる可能性が高いだろう? そのまま方向がわからず全然違う場所に移動していたらマズいじゃないか」
「あぁ……。そういうことか。もっと解りやすく言ってくれよな」
 考えもしないでよく言えたものだと呆れてしまった。
「じゃあ、早くその場所へ行ったほうがよさそうね」
 心配で仕方がないというように明希は僕の腕をつかんだ。
「ああ。少し早足で行くとしよう。じゃあ付いてきてくれ」
 二人に目でも合図を送りながら僕は目的地に足を進めた。

 目的地である農家には僕が掛けておいたストラップが迎えを待つようにしてぶら下がっていた。
「マズイな……。まだコレも見つけられてなかったんだ」
「じゃあ、奥の方に行った可能性があるっていうことよね!?」
 腕にしがみつきながら明希は不安そうに言う。
 爪が食い込み少し痛かったがそれほど心配しているということなのだろう。僕は懐中電灯を脇で挟んでその手を軽く握った。
「奥に行ってる可能性はある。これで先決するべきはここより奥の探索だって言うことだよ。さっき君が提案した方法で早く探した方が良いかもしれない」
「そうよね! 早く、悠子を探さないと……」
「じゃあここから奥のほうへ向かって捜そう。僕は奥に向かって左手の方を探すよ。二人はどうする?」
「俺は中央付近を捜すよ。明希ちゃんは右手側を捜せばいいんじゃないかな?」
「わかったわ。右手側ね」
 恐怖心など去ったように明希は言う。友人の安否が恐怖を払いのけたのだろう。
「それじゃあ、少し捜したらこの位置に戻ってこよう。何かあったときは大きな声を出して呼び合う。その範囲の距離で捜そう」
 僕の言葉に二人は頷いた。
 頷きを合図に皆はそれぞれの持ち場へ取りかかるべく歩を進めた。
 二人の背を見送ってから僕は集合地点の農家付近を捜すことにした。
 たった一本の光では心もとなかったがそうも言ってられなかった。
 足元を、時には建物に光を向けてあらゆる所を捜した。
 農家の中に光を当てて捜してみるが、人の気配はどこにも感じない。
 少しの手がかりでも欲しいところだが、こうも暗くてはどこに手がかりがあるかなど解らなかった。
「……ぉぉぃ」
 集合地点から少し離れた場所まで来たときに男の声が聞こえてきた。方角は奥へ向かって右方向。
 その方向を見ると薄い一本の光線が黒い建物の屋根の部分にチラチラ映っていた。
「今向かう!」
 僕は出る限りの声を飛ばして光の方向へ走っていった。
 走ってほどなくすると半田がライトをこちらに向けてきた。
 半田の隣には明希の姿も見える。
「ど、どうしよう司馬くん!」
「何かあったのか?」
 声を震わせながら明希が訴えるようにして言った。僕はすかさず説明を乞う。
「こ、これが落ちてたんだよ」
 同じく震えた声を出して半田が手を差し出す。声だけでなく震えた手に乗っていたのは藤宮が出発時に持っていったストラップだった。
「ストラップ……。これが落ちてたのか?」
「そんなことよりここを見ろよ!」
 慌てた様子で半田はライトをストラップに近づけた。
 震える手の中で浮かび上がったストラップはネズミのキャラクター。
 黒と白でデザインされているキャラクターの頭から伸びるようにして携帯と自分をつなぐ命綱のような短冊式の布がついている。
 半田の震える手を押さえて短冊部分を見ると、赤黒いシミのようなものがついている。
「これは……」
「ち、血だよ! あいつが持っていく前にはこんなもの付いてなかった!」
 顔を上げ、半田と目を合わせると、どうしていいのかわからないといった表情で唇を震わせている。
「どこに落ちてたんだ!」
「こ、この農家の玄関の中だよ……」
「玄関の中!?」
 おかしな矛盾があった。藤宮が玄関の中に入ってたということに矛盾が生じている。
「どうして玄関の中に」
「中に入ったからだろう!? そんなことくらいわかるだろう!」
「いや、だからおかしいんだよ。俺は入り口の表札を掛ける部分にストラップを吊るしたと藤宮に言ったはずだ。なら入り口の柱を見れば無いことくらい解るだろう。わざわざ玄関に入る必要なんてないじゃないか」
「そ、そう言われれば……」
「とりあえず中に入ってみよう。何か他にもあるかもしれない」
 僕は二人の言葉を聞かずに中へ入ってみた。
 いや『聞こえてはいた』のだが。
 ライトを差し出しながら中の様子をうかがうと足元は砂で覆われている。
 時代劇でいう土間のようになっているのだ。
 少し奥に進んでみると足元の砂があれている部分があった。
 ピッチャーがマウンドで足を使い地面を蹴ったような跡がある。明らかに周囲の砂と比べるとおかしな様子である。
「……何かあったか?」
 僕の背後からライトを当てながら半田と明希がそろって入ってきた。
 二人のライトが偶然にも同じ場所を照らしたときだった。
 一瞬だったが土間から中へ上がる部分に立っている柱に僕は見た。
 錯覚ではない確証が欲しくてライトをその部分へ向ける。
 ライトの中に浮かび上がってきたのは勢いよくペンキを投げつけたようにしてできる色の衝撃。
 肌色の柱に違和感を与えた赤いシミはまだ乾ききっていなかった。
「ひ!」
 半田がライトに照らし出された部分を見て小さく悲鳴を上げる。
「これは……血……じゃないか?」

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 2005年 7月18日 21:30

 僕達はただならぬ闇に直面した。
 柱の血痕を見てから直ぐに農家内部にもライトを当てたその時に。
 ペンキを叩きつけたような痕は柱以上に畳に繋がっていた。
 その終着点に見たこともないような姿があった。
 首から足に掛けて鉤型に折り曲げた仰向けの物体。
 誰がどう見ても普通ではない人間の姿。
 左に首をかしげるようにして折り曲がった首から流れている赤い液体は生命力を奪うだけでなく、不快な臭いを発している。
 僕の脇でその光景を見た明希は腕に顔を押し付けるようにして悲鳴を上げている。
 半田は土間の部分に尻をつき首を左右に振りながら声にならない声を絞り出している。
 二人を冷静に見れていたわけではない。僕だって卒倒しそうになるのを堪えていたのだ。
「あ、あれは。誰なんだ!? 何でこんなところで死んでるんだよ!?」
 徐々に出るようになった声で半田が叫ぶようにして言った。
 そう。そこにあった死体は僕達が捜していた人物のものではなかった。
 この季節に相応しくないウィンドブレーカーを羽織った男の姿がそこにはあった。
「お、おい……。何するんだよ! 司馬!」
 僕は自分の『意思ではない』行動をとっていた。
 見ず知らずの男の死体に近づき顔にライトを当てていた。
「ど、どうしちゃったの!? 司馬くん!?」
 交差しながら背中を襲う声を無視するように僕はライトを今度は体の方へ向けた。
 向かったライトの先はウィンドブレーカーの内側。
 正確には、はだけたウィンドブレーカーが内側を見せていたのである。
 その右胸を覆うはずの内側に施されたポケットから何かはみ出ていたのである。
 四角い黒皮の物体。
 しゃがみ込んで僕はそれを手に取るとライトの元にさらした。
 ライトの中に浮かび上がったのはパスケースだった。
 パスケースの透明な部分にはこの男の正体を暴露する免許証があった。
「鎌井……達夫」
 免許証につづられた名前を呟くようにして読み上げた。
 うつろな表情の死体の顔と免許証の写真が生前死後の違いはあったものの一致していた。
「よせよ! 死体を見て狂っちまったのか!?」
「誰か、鎌井達夫って知ってるか?」
「あん!? 誰だよそれ!」
「知らないわ! 何を言ってるの、司馬くん!?」
「この男の名前だよ。顔と免許証が一致してる」
「だからどうしたっていうんだよ!? そんなの放っておけよ!」
 なぜ自分でもそれほど死体を詮索するのかわからなかったが、僕は手を止めなかった。
 左腕にはめられたゴツめの立体的な腕時計に目を向ける。
 何かで叩き割られたのか、その時計は長針が5、短針が8を過ぎたあたりを指したまま止まっていた。小型カレンダーを搭載しているアナログ時計で、その日付は18。
 これを見たとき僕は気づいた。
 僕はこの死体によって藤宮が何かに巻き込まれたのではないかと咄嗟に思っていたのだ。
 ……血のついたストラップ。
 ……転がる死体。
 ……帰ってこない藤宮。
 一度でこれだけの偶然が重なるのはありえないと思ったのだ。
 連鎖的に全てが起こったのではないかと。
「何とか言ってよ、司馬くん!」
 震えながらも通る声で明希が言うのに反応し僕は振りかえった。
「藤宮が何かに巻き込まれた可能性がある。この死体がはめている時計、日付は今日を示した18で止まっている。時間は……恐らくは20時だと思う、8時20分を指して止まってるんだ」
「それって……」
「藤宮がちょうどこの廃村を探索している時間だろう……」
「そ、それじゃあ! 悠子を早く捜さなきゃ!」
「そ、そ、その男を殺した犯人が、この廃村にいるかもしれないんだろ!?」
「だからこそ! 藤宮を早く見つけ出さなきゃいけないんだ。離れて捜すのはマズい。全員で声をあげながら捜そう!」
 パニックに陥っている半田を説き伏せるように僕は言った。
「わ、わ、わかった……」
 座り込んでいた半田も立ちあがり、全員で農家を足早に出ることにした。

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 2005年 7月18日 21:50

「悠子ー!」
「藤宮ー!」
「返事をしてくれー!」
 三人でのどが破裂するほどに叫んでいた。
 はじめに藤宮を捜しに来たときに叫んでいればと今は後悔さえしている。
「どこへ行ったんだよ……」
 半田が泣きそうな声を出して呟いたときに、僕はかすかながらに奇妙な音を聞いた気がした。
「みんな、ちょっと待ってくれ」
「どうしたっていうの!? 早く悠子を捜さなきゃ……」
「いいから静かに!」
 一瞬の静寂が辺りを支配した。

 ………・・…

「い、今何か聞こえなかったか?」
 人差し指を立てて半田の言葉を制してもう一度静寂の様子をうかがう。

 ………・・…

 一定の静寂を乱す音の方向を僕は必死で探っていた。

 ………・・…

「車のある方……のような気がする」
「……一体、何の音かしら」
 フルスピードで回転する脳は僕の数少ない論理思考をかき集めていた。
「もしかしたら、藤宮か?」
「ゆ、悠子が? 悠子がどうしたの!?」
「あくまで可能性だけど、彼女がもし車の方に戻っているとするなら、声を上げることはしないんじゃないかな? いや、できないと言った方がいいだろう」
「どうして!?」
「今は彼女が気の狂った殺人鬼に追われている可能性があるだろう。そんなときに声を出してみれば僕達より先に殺人鬼に見つかってしまう可能性がある」
「だから私達に何か伝えるために音を出してるって言うの? それでも殺人鬼に見つかる可能性だってあるじゃない」
「もちろんそれもあり得る。だけど、声を上げるよりは遥かに安全な行動だとも言えるだろう。とにかくだ、彼女の可能性がある以上、一度急いで戻ってみた方がいいんじゃないか?」
「そ、そうだわ! わずかな可能性でも、悠子に繋がるかもしれないんだし急いで戻らなきゃ!」
 言い終えると突然、明希は車の置いてある方向へと走り出した。
「お、おい! 早く彼女を追わなきゃ!」
 半田と頷くと同時に僕たちも走り出した。
 廃村を漂うぬるい空気を切るようにしながら走っていくと音は少しずつ近づいていた。
「やっぱり、車の方だ!」
 上下する声を出しながらさらに走っていく。
 廃村の入り口付近まで駆けてくると、突然謎の音は静寂に安息を与えた。
 それと同時に僕達も走ることを中断した。
「お、音が止んだわ」

 …………

 耳を澄ませても静寂は元の姿をたたえるだけで、乱れた異音は聞こえてこない。
「ま……さか!」
「急ごう!」
 先ほど以上のスピードで僕たちは駆けた。
 藤宮の無事を祈る気持ちが足にも伝わっているのだ。
 砂利を蹴り上げ、不要な二酸化炭素を吐き出しながら駆けていくと、小さくまとまった影が見えてきた。
「藤宮!」
 徐々に大きくなる車の影に向かって叫びながらスパートをかける。
 もつれそうになる足を踏ん張るようにしてライトを車に向けると、僕は一気に足を止めた。
 ぶつかるように明希と半田も止まるとゆっくりとライトを同じ方向へ向ける。
 3つの光線が集まった部分は車体の後方。
 給油口のある辺りに焦点が定まっていた。
「こ、壊されてる」
 その部分からはピトピトと小さな音を立てながらガソリンが流れ出ていた。
 かなり硬質なもので叩きつけられたのか頑強なボディが裂けているのだ。
「さっきの音は……車を破壊する音だったってのか!?」
「一体どうしてこんなことを……」
 半田と明希が口々に漏らす。
 ライトを当てた先をよく見ると別の違和感が僕に突き刺さった。
 後部座席のドアがかすかに開いている。
 ゆっくり近づき、ドアに手をかけ一気にドアを開けた。
「藤宮!?」
 後部座席に寝そべるようにして捜し求めていた女性はうつ伏せに倒れていた。
 抱き起こすようにして体を返すと、僕は声を出せなくなった。
 抱えた腕を伝わってくるのは生命力の抜けた重み。
 力の抜けた首は頭部を支えることなくグラグラとしている。
 震えながら僕は頭部を支えてやると、首はまっすぐではなくゆれ曲がるようにして繋がっているだけ。
 顔には恐怖がこびりついており、目を大きく開いたままになっていた。
「悠……子……」
 叫ぶこともなく明希は外で地面に尻をつく。
 その脇では半田が頭を抱えてわなないていた。
 僕は藤宮を後部座席にゆっくり寝かせてやり、見開かれた目に手をかぶせゆっくりと閉じさせてやった。
 だらりと垂れ下がった腕も胸元に持っていく。
 首元、膝裏の部分に両腕を滑り込ませ抱えあげるようにして後部座席から藤宮を運び出した。
「毛布を……トランクから出してくれないか」
 それだけを二人に告げて僕は立ち尽くしていた。
 腕に伝わる重みを感じながら虚空を見つめて。
 恐らくそれほど時間は経っていなかっただろう。実際は1,2分くらいのものだと思う。
 明希が毛布を取り出してきたのに指示を与え離れたところに広げさせた。
 そこへ藤宮を寝かせてやる。
 そんなわずかな時間でも頭の中には一週間前のできごとから姿を見せなくなった今日の時間までがゆっくりと巡っていた。
「半田。ライター持ってるか?」
「……へ? あ、あるけど……」
 言葉を聞いてポケットを探った半田は感触を確かめてから手を抜き出しジッポライターを提示した。
 それを受け取り点火する。
「二人とも、離れてくれ」
「え!? は、離れるって……」
「車からだ。早く」
 顔を見合わせて二人は僕の後ろに回りこんだ。
 それと同時に点火したままのジッポライターを車の破壊されたボディー付近へ投げた。
「お、おい! 何やってんだよ、司馬!?」
 半田の声を掻き消すように車は激しく燃え上がり、タンクに残っていたであろうガソリンに引火して爆発した。
 静寂を突き破る爆音が中耳に一定の障害をもたらしつづけた。
「……ぉぃ。……ぉい! ……ぃてるのか!?」
 胸倉をつかんで喚きたてる半田の声が徐々に耳を復活させる。
「お前! 何やったかわかってるのか!? 何考えてるんだよ!?」
 半田の腕を振りほどき目を据えた。
「……し、司馬?」
 僕ではそろそろ制御できなさそうな不安が包んでくる。
 『アイツ』が目を醒ましそうな瞬間だ。
 本当は待っていたのかもしれない。
 不快な廃村を目にした……いや、その言葉を聞いたときから。

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『……今ハ俺ガ、必要ナンダロウ……』
『お前が、自分を嫌ってたんだろう。都合よく「僕」を作り出してカバーしていたくせに』
『……今度ハ、オ前ガ「俺」ヲ、利用スレバイイ……』
『出てきて「僕」を閉じ込めるかもしれないじゃないか』
『……安心シロ。オ前ガ、作リ上ゲテキタ空間ヤ、時間ヲ、潰スコトハシナイ……』
『言葉だけかもしれない。全て醒めるのとではわけが違う』
『……ナラ思考ヲ「俺」ガ、行動ハ、オ前ガ支配スレバ良イ。サッキマデト逆ニナルダケダ。一時的ニ……』
『……本当ダナ?』
『……任せろ……』

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「おい、司馬!」
「聞こえてる。俺が何をしたかだろう?」
 薄く口角を上げて答えると半田は気圧されたように押し黙る。
 半田の願いどおりに行動を説明してやろう。
「一つは藤宮への弔い。もう一つは麓へのSOS。あと一つは……」
「……ひ、ひとつは?」
 怯えるような半田に先ほど以上に口角を上げた顔で『俺』は答えた。
「殺人鬼への宣戦布告だ」



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