監獄島のわらべ唄 〜問題編2〜

     8

 部屋に駆けつけたが死体など見当たらなかった。美樹本さんと透、叔父さん、俊夫さん、村上さんが部屋に飛び込んだがそこには何もなかった。私も後に続いて部屋にはいる。
「どういうことだ? 死体なんて無いじゃないか」
 美樹本さんは辺りを見回している。
「何や? 死体ないんか?」
 それを聞いて香山さんが中に入ってきた。
 どうやら下に残ったのは私を除いた女性達だけだったので付いて来ざるを得なかったのだろう。
「待ってくれ。このベッドについてるシミ。コレ、血じゃないか?」
 俊夫さんが云ったところに目を向けると確かにそこには赤黒いシミがあった。
「ん? 窓が開いてるぞ」
 今度は村上さんが窓の方に指をさしている。指定された窓は下半分だけが開閉できるタイプの物であった。
 窓は上に上げられ、そこからは鋭い冷気が流れ込んでいる。どうやら少し雪も降っているようで少量ながら雪が舞い込んできていた。
 透は窓に近づき窓の外を眺めていた。
「下には何もありませんよ。ん? 何だ、コレ?」
「どうしたの透? 何かあるの?」  透に近づくと風切り鎌の方を指さして見せた。鎌の先にはベッドで見た赤黒い液体が少量付着している。
「血、かしら?」
「かもしれない。一体何故こんな所に……」
 透は首を傾げている。
 確かに死体が部屋に見当たらず、そしてベッドと風切り鎌には血痕らしきものが付着している。
 そして少量の綿のようなものも。一体何があったのだろう。
「とりあえず、一階に戻ろう。可奈子ちゃんの話も聞いてみる必要がある」
 一階におり、食堂に行ってみると可奈子さんはまだ震えていた。
「どうだったの、その……死体は……」
 みどりさんはちらっと可奈子さんの方を見ると小声で聞いてきた。
「そのことなんだが……無かったんだよ。死体なんて」
 美樹本さんの言葉に食堂に残っていたメンバーは驚きの表情をした。
 中でも一番驚いていたのは可奈子さんだった。
「嘘よ! 私見たもん!」
「誰も嘘だなんて云ってないよ。でも死体はなかったんだ。それらしき痕跡はあったがね」
「ベッドと風切り鎌に少量血痕が付着していました」
「そんな……」
 透と美樹本さんの言葉を聞くと可奈子さんはうなだれた。まだ信じられないらしい。
「それでね可奈子ちゃん。聞きたいんだが、その……正岡君の死体はどんな感じだった?」
「……どうって。私が部屋に尋ねていったら、ベッドに仰向けになって死んでたの……」
「尋ねていったら? 君は正岡君と一緒に食堂を出ていったじゃないか」
 俊夫さんの云う通りだ。確かに可奈子さんと正岡さんが一緒に部屋を出ていったのを目撃している。
「初めは私の部屋で話してたんです。それで30分くらい話したときに、正岡さん自分の部屋に携帯を取りに行ったんです。電話番号の交換をしようって云って……」
「それで? どうしたんだい」
「それから10分くらいしても帰ってこなかったからおかしいなと思って正岡さんの部屋に行ったんです。そうしたら……」
「死体があったと」
 可奈子さんはうつむきながら一度だけコクリと頷いた。
「君は死体を見た後どうしたんだ?」
「もう、何が何だか解らなくて。とりあえず叫んだと思います。それから……一階に降りてきました……」
「なるほど。つまりこういうわけだ。君の部屋から正岡君が出ていきなかなか帰ってこなかったため不信に思い部屋を訪れた。そうすると部屋には正岡君の死体があって慌てて飛び出してきたと」
 再び可奈子さんは頷いた。しかしそこへ俊夫さんは疑問を挟んできた。
「ホントにそうかな? 死体があったのは確かかもしれない。血痕だってあったことだし」
「何が云いたいんですか」
 可奈子さんは俊夫さんをやや睨み付けるようにして首を上げた。
「君と正岡さんが二階に行ったとき、みんなはこの食堂にいたんだ。そして最後に正岡さんの姿を目撃したのもココだ。となると君以外に犯行なんて出来ただろうか?」
「私が犯人だっていうの!? 何で私が正岡さんを殺さなきゃいけないのよ!」
 可奈子ちゃんはその言葉に逆上して喚き散らした。
「慌てないでくれ。あくまで可能性を云ったに過ぎないよ。君以外に犯行は出来たかどうか検討したかっただけだ。どうかな?」
「……出来なかったのかも知れないわ。でも私じゃない!」
「つまりは俊夫さん、何が云いたいんですか」
 じれたのか透も話しに割ってはいる。
「つまり俺達にも可奈子ちゃんにも犯行が不可能なら話は早い。外部犯って事じゃないか」
 そうだ、それ以外考えられない。
 誰にも無理だったのなら外部犯でしかあり得ないはずだ。しかし気になることが一つある。
「じゃあ、犯人と死体はどこに行ったんですか?」
 疑問を口にしてみたが俊夫さんは肩をすくめて見せた。
「外にでも逃げたんじゃないのかな?」
「でもそれってあり得ないんじゃないでしょうか?」
「どうしてだい? それ以外には考えられないだろう」
「キヨさん、ココの戸締まりしたみたいなんです」
「戸締まり? そんなもの内側から鍵を開ければ……」
 確かにそうだ。しかし、キヨさんの言葉で皆の表情が変わった。
「あのぅ……扉はこの鍵を使わん限り開けられんのですが……」
「何だって!?」
「ここは元々監獄だったこともあって、内側からも外側からも鍵を使わんと開けられんようになっとるんです」
「ちょっと待ってくれ。いつ頃鍵を閉めたんだ?」
「19時過ぎよ。私と真理ちゃんが厨房から料理を運んできた時よ。あのとき、キヨさんは戸締まりのため少しだけ別行動をとったわ。よっぽど厳重な鍵だったのかしら、少し時間がかかったみたいだけど」
「ええ、しっかりと門扉の鍵は閉めましたからね。時間がかかりましたわ」
「つまりは何か。19時以降は誰も外から入れなかったって事か」
「そうなるわね」
 俊夫さんとみどりさんの会話を通して皆の顔がこわばった。その時間にはみんな食堂にいた。という事は……。
「まだ犯人は死体と一緒にこの館の中に潜んでるって事か?」
 透が一言漏らした。
 その一言でさらに全員凍りついた。犯人がまだこの館に潜んでいる?
「いやよ、私! 犯人が潜んでるかも知れない所なんていたくない!」
「私も可奈子と一緒だわ! こんな所にいたくない!」
 啓子さんと可奈子さんは泣きそうな声で叫ぶように云った。
 夏美さんは声を張り上げはしなかったものの香山さんの腕にしがみついていた。
「落ち着いて。まだこの館に犯人が残っているとは限らないよ。窓も開いていたし、何らかの方法で外に出たのかも知れない」
「しかし透君。まだいるかも知れないんだろう」
 村上さんはよけいなことを云う。
 せっかく透が云ったことも意味が無くなってしまう。
「それじゃあこうしましょう。みんなでこの館を隅々まで調べるんです」
「そうだな。透君の云う通りだ。ここは調べに回った方がいい」
 透の意見に美樹本さんは賛同した。いや、美樹本さん以外の全員も賛同していた。
「キヨさん、武器になりそうな物はありますか?」
「はい。あそこの掃除箱の所にモップが何本か入ってますで。あと厨房には包丁とか……」
「刃物は止めましょう。下手に攻撃して仲間に当たると危険だ」
 その言葉を聞いて俊夫さんはモップを掃除箱から引っぱり出してきた。全部で5本ある。
「じゃあ、女性陣はここに残って男性陣だけで行きましょう」
「せやかてモップは5本しかないで。6人やとたりひんけど……」
「じゃあ、モップは俺と美樹本さん、村上さんと、透君、オーナーに持って貰おう。あとは……」
「ワシはここに残るわ。極真空手四段やし、女ばっかりは危険やからな」
 一段上がっているのはともかくとして、確かに女性だけでは不安も残る。
「香山さんはここに残るとして……」
「私も行きます」
「おい、真理。何云ってるんだ。遊びじゃないんだぞ」
「大丈夫よ透。私こう見えても合気道だって習ってるんだから」
「しかし武器無しでは……」
「ドアを開けるわ。誰かがドア開けに徹すればモップも5本活用できるし」
「……わかった。じゃあ陣形は真理ちゃんがドアを開けたら俺と美樹本さんで突入。オーナーと村上さんは外をお願いします。透君は真理ちゃんを守るんだ、いいね?」
 透は頷き他のメンバーも頷いた。
「よし、いくぞ。みどり、こっちは任せたぞ」
「解ったわ。気を付けてね」
「安心せぇ俊夫君。何かあったらワシが得意の空手で……」
 香山さんが何事か叫んでいたがその時にはもう食堂を後にしていた。

     9

 陣形通りに作業をしていたが、部屋を調べるときは全員が部屋に入った方がいいと提案した。他のみんなも納得したらしく陣形を少し変えて作業を行うことになった。
「……開けます。1……2……3!」
 真理がドアを開け放ち美樹本さんと俊夫さんが突入する。
 それに続いて小林さん、村上さん、真理、そして真理を守る形で最後に僕が入った。
 この段取りでとりあえず一階の厨房、その他のフロアは調べたがどこにも犯人が隠れていたり、死体が隠されてはいなかった。
「案外楽勝なんじゃないのか?」
「村上さん。気を抜いちゃダメですよ。気を抜くと襲われる可能性もありますし」
「小林さんは肝が小さいな。そんなことでは男は語れ……」
「ワッ!」
 村上さんが図に乗って話している最中に真理が振り返って脅かした。
 小林さんは身構える形を取ったが、村上さんはモップを抱えて縮み上がっている。
「何をするんだね、君は!」
「気を抜いちゃダメですよ、村上さん。叔父さんみたいに構えなきゃ」
「そうですよ。真理ちゃんの云う通りだ。村上さん頼みますよ?」
 俊夫さんが少しバカにしたように村上さんに向かって云った。
 村上さんは憎らしげな目で俊夫さんの背中を睨んでいたが、少し場の雰囲気も和やかになった。
 先程はピリピリし過ぎていたのだろう。リラックスしながらも全員しっかり気合いを入れ直していた。
 二階に上がってまずは正岡さんの部屋から回る。例の如く突入すると先程よりも念入りに調べる。
「風呂場には異常ない」
 オーナーが風呂場から顔を出し報告する。
「こちらもないですね。透君そっちはどうだ?」
「ベッドの下も何もありません」
「異常ないわ。こっち側から見てもベッドには何にも異常ないです」
「窓を閉めてもいいか? 少し冷えすぎじゃないか?」
 村上さんの云う通り、暖房器具の切られた部屋は窓が開けられていたため外界と変わらないほど寒くなっている。
「とりあえず何ともないみたいだな。じゃあ、出るか」
 正岡さんの部屋には異常が見られなかったため他の部屋を調べていく。順々に回って僕の部屋に突入する。
 真理と僕が最後に入り、部屋を探る。入り口付近で僕は部屋の全体を見まわしていた。
「異常はないな。よかったな透君。君の部屋も安全だったみたいだ」
 俊夫さんは振り返りニコリと笑う。
「残すは物置だけか……」
 僕の部屋を出てすぐ隣、正岡さんの部屋からはちょうど反対側に位置する物置に突入する。
 少しかび臭い部屋だった。
 物置には趣味の悪い物が所狭しと置かれている。
 ネズミや何かの動物の脳のホルマリン漬け。魚類のはく製各種。手枷、足枷。拷問器具の鞭。断頭台。甲殻類の生き物の標本。西洋の鎧兜。爬虫類のはく製各種。人体模型。ハシゴ。大きめの鎖……。
「この鎧兜の中には誰も入ってないな」
「どれ。確かに入ってないな」
 美樹本さんと俊夫さんが甲冑を調べる。
「人体模型なんて久しぶりね。ちゃんと臓器の取り外しが出来るようになってる。ココも問題ないわ」
 人体模型をいじっている真理も報告する。
「おい、みんな。このハシゴなんかどうだ? 外に出せば出られるだろう」
 村上さんが提案している。窓の鍵も外れているようである。窓の外、向かいには正岡の部屋が見えた。
「じゃあ、後で試してみるか。キヨさんに鍵も外して貰うとするか」
「とりあえず、異常は無いみたいだ。みんなに報告に行こう」
 小林さんが云うと全員一階に向かって歩き出した。
「どうだった?」
「どこにも隠れてる感じはなかったな。部屋の中を隈無く調べたがどこにも死体なんて無かったし。外に逃げた可能性もある。これから実験したいんだが。キヨさん入り口の鍵を開けてくれませんか?」
「実験って?」
 みどりさんは俊夫さんに聞き返した。
「物置にハシゴがあったからな。それを使って外に出られるか試してみる」
「キヨさん、お願いできますか?」
「わかりました」
「じゃあ、一階側には俺とオーナーと村上さんそして申し訳ないがキヨさんも来てもらいます。二階は美樹本さんと透君、あと真理ちゃんもお願いできるかい?」
 俊夫さんの応えに真理は頷きかえした。
「香山さんはココで残った人たちを守っていてもらえますね?」
「了解した。任しとけ!」
「それじゃあ、行きましょう」
 それぞれの分担を決めると食堂を後にした。
 二階に上がるときは美樹本さんが先頭でモップを持ち、真ん中に真理。しんがりはモップを持った僕という具合で進んでいた。
 物置に入り、窓の所に行くと下には他のメンバーがもう来ていた。
「じゃあ、始めてくれ!」
 下から俊夫さんが声を上げている。
 ハシゴで降りる役は美樹本さんがやることになり、美樹本さんのモップは真理が受け取った。
 美樹本さんは窓からゆっくりハシゴを降ろし、外壁に立てかける。
 窓から身を乗り出してハシゴでゆっくりと降りていく。外は風がきつく吹いていたため途中止まりながらも何とかしたに降りることはできたようだ。
「成功したぞ! ハシゴを引き上げてくれないか!」
 下から今度は美樹本さんが声を出していた。防衛は僕に任せ真理がハシゴを引き上げた。
 それほど重くないらしく、すぐにハシゴを引き上げることが出来た。
「これから俺達は外を見回る!君たちは食堂に戻っておいてくれ」
「解りました。気を付けて下さいね!」
 下に呼びかけると俊夫さんは親指を立ててこちらに突きだし、メンバーを連れて闇の中に消えていった。
「行こうか、真理」
「……うん」
 物置を後にして食堂へ戻ることにした。
「ねえ、透」
「何だい」
「私少し思うんだけど、本当に外に出れたのかしら?」
「どういうこと?」
「美樹本さん、ゆっくり降りてたでしょう? もし犯人が正岡さんの死体を外に出したんなら背負わなきゃダメよね?」
「そうなるな……待てよ、となると……」
 そこまで云うと真理は頷く。同じ考えをしたことは明白だった。
「バランスを保つのは不可能じゃないかって事か」
「うん。だって外は風が多少あったわけだし」
 その通りだ。あそこを降りるのは一人でもきつそうだった。そこを二人で降りるとなると成功する可能性に疑問が出てきてもおかしくはない。
「美樹本さんが帰ってきたときに聞いてみよう。二人なら出来るかどうか」
 そこまで話していると食堂のドアから光がこぼれているのが目に映った。

     10

 食堂に戻って外回り組が帰るのを待っていると10分ほど経ってから全員無事帰還した。
 外は相当寒かったのだろう、食堂に着くやいなや全員が暖炉の所に集結した。
「透君、付いてきてくれない? あと、香山さんもお願いできるかしら?」
「良いですけど、どうしたんですか?」
「厨房に飲み物取りに行くの。みんな冷え切ってるみたいだし、護衛してもらえる?」
「解りました。香山さん、行きましょう」
「……ああ、解った。任しときや。ワシは剣道も五段やさかいに」
「お願いします」
 みどりさんは透と香山さんの二人の従者を連れて厨房へと向かった。
「それで、どうでした? 外の方は」
「誰もいなかったよ。それに死体も見付からなかった」
「それに、キヨさんはしっかり戸締まりしてたこともあってね。ここから去ることも不可能だと思うよ」
 俊夫さんと叔父さんの報告を聞いて可奈子さんが声をあげる。
「うそ! そんなはずないわよ。死体までないなんて……」
「でもなかったんだよ。嘘じゃない」
 可奈子さんはうなだれて啓子さんが肩を抱きかかえている。死体は見付からなかったが可奈子さんは嘘を付いていないように見えた。
 そうしている間に湯気をたたえたポットとティーセットを運んでみどりさんとその従者達は帰ってきた。
「お待ちどうさま」
 持ってきたティーセットに紅茶を注ぐと順番にみんなに手渡していった。紅茶が行き届いたところで透が私と同じ質問をした。しかし先程と同じ解答が帰ってきた。
「……そうですか。そうだ、それと一つ聞きたいことがあるんですけど、美樹本さん」
「何だい?」
「さっきの実験のことなんですけど、死体を担いで降りることは出来そうですか?」
 少しうつむきひげをさすっていたがすぐに顔をあげ、美樹本さんはかぶりを振った。
「……無理だろうね。一人で降りるなら何とかなるが、そこに人一人を担ぐとなると無理だと思う」
「でも、そうなると館から外に出られなくなりますよ……」
 沈黙が流れた。
 犯人はどこへ?
 死体はどこへ?
 どうなっているのだろうか……。
「かまいたちや」
 突然夏美さんが口を開いた。
 一斉にみんなの視線も夏美さんに集中する。
「かまいたちだって? 何云ってるんだ?」
「かまいたちやったら説明つくで。窓を開けた正岡めがけてかまいたちが切りかかる。倒れた姿を見た可奈子ちゃんは部屋から飛び出す。その後またかまいたちが起こって正岡の死体を運ぶ……」
 かまいたち現象。
 しかしかまいたち現象は真空が生じ切断が起こるだけで人ほどのものを浮き上がらせて運ぶなんて聞いたことがない。
 そのことを俊夫さんも思ったのか口を開いた。
「かまいたちの仕業なんてあり得ないだろう。百歩譲って切断が出来たとしても死体を運ぶなんて不可能だよ」
「待ちいや。あんた見たんか? 不可能やっていうとこ」
「じゃあ聞き返すけど君だって成功したのを見たのかい?」
 そういわれると夏美は口をつぐんで俊夫を睨み付けた。しかし俊夫さんの話の方が筋は通っていたので反論の余地はない。
「一つ考えが浮かんだんですが。聞いてもらえますか」
 今度は透の話に全員が注目した。
 全員の顔をゆっくりと見回すと透はゆっくりと話し出した。
「やっぱりこれは自然現象なんかで起こった事件ではないと思うんです。人為的に起こされたもの何じゃないでしょうか」
「というと?」
「何かしらのトリックがあるのかも知れません。よくミステリー小説なんかである類の」
 先程とは違い誰も反論はしない。
 トリック。
 確かに何かあるのかも知れない。
「そして一つ思いました。警察に連絡を入れた方がいいんじゃないかと……」
 警察!
 なぜそれを先に云わないのか。
 そして透以外の誰も思い付かなかったのか。
「携帯は圏外みたいだな。婆さん、あんたたしか我孫子と連絡取ったんだろう? ココに電話はないのか?」
「はあ。電話は自宅の方で受けたもんでして、こっちには無かったですわ……」
「クソッ! 何てこった」
 村上さんは心底悔しそうに吐き捨てる。他の全員も同じ気持ちだったのかみんな俯いてしまった。
「じゃあ何なの? 警察に助けも呼べないの?」
「そうなります」
「外部の人間なんていないんじゃないの? もしかしたら私たちの中に犯人がいるんじゃないの?」
 可奈子の発言に全員驚愕の表情を浮かべた。私たちの中に犯人が?
「だって、さっき透君が云ってたじゃない。トリックかも知れないって。じゃあ、誰かが殺したとも考えられるんでしょう?」
「おいおい、そう考えると一番不利なのは君だぞ? さっきも俺が云ったみたいに、君の証言を信用しなけりゃあ君が犯人の可能性が一番高いんだぞ」
「あなた……いくら何でもそういう云い方は……」
「どうだい可奈子ちゃん? 反論できるか?」
「俊夫さん。不安を煽っても始まりません。誰が犯人かを探る前に身の安全を確保することが先決でしょう。相手はどんな奴かも想像が付かないことだし」
「そうよ。私、とりあえずココにいるのは嫌。自分の部屋に帰る。あそこに閉じこもっておけば大丈夫でしょう。誰からも襲われる心配ないわ」
「私も部屋に帰るわ。可奈子と同じ意見よ。自分の部屋の方が安全だろうし」
「はっ、そうかい。好きにするがいいさ」
「でも二人で行くのは危ないでしょう。僕と真理が付いて行きますよ。いいね、真理?」
 透はこちらに答えを求めてきた。私は頷いて付いて行くことにした。
「じゃあ、みんなもそうした方がいいだろう。それぞれ部屋にいれば落ち着くだろうし、疑心暗鬼なままいるのもなんだしね」
 叔父さんの言葉に全員納得し、それぞれ部屋に戻ることにした。
「じゃあ真理、鍵をしっかり掛けろよ」
「……うん。ありがとう。透も気を付けてね」
 そういい残して透は部屋の方に戻っていった。
 私は可奈子さん達を部屋まで連れて行き自分の部屋に戻った。
 少し気を張りすぎたせいか、少し疲れが出ていたので部屋に鍵を掛けてベッドに寝転がった。
 時計を見ると夜22時を過ぎたところだった。
 そのまま時計を付けた腕を広げ深く目を閉じた。

     11

 時計を見るともう深夜に1時になっていた。
 はっきり云って疲れた。
 ここまで身体が重くなるとは思わなかった。神経を研ぎすませていたせいかもしれない。
 少しベッドで横になろうとしていたときだった。
 ドン、ドン、ドン!
 乱暴なノックとともに声が聞こえてきた。
「透君! 起きてくれ透君! 正岡君の死体が見付かった!」
 急いで飛び起きドアのロックを解除する。
 解除とともにドアが開き小林さんが蒼白な顔を覗かせる。
「どこで見付かったんですか?」
「それが……正岡君の部屋なんだ」
「正岡さんの?」
「とにかく来てくれ」
 小林さんはまくし立てるように云うと廊下を走り出した。
 その後に続いて僕も走った。しばらくすると正岡さんの部屋の前に人が大勢集まっているのが見えた。
 全員悲愴な顔をしている。
 可奈子ちゃんと啓子ちゃんは肩を抱き合って泣いている。
 俊夫さんはみどりさんを片腕で抱き留めている。
 美樹本さんはキヨさんにすがりつかれて棒立ちになっている。
 村上さんは口元に手を当てうずくまっている。
 香山さんは今着いたばかりなのか部屋の中を見て驚愕の表情を浮かべている。
 その中に僕は一人の人物を探した。探していた人物は僕の胸に飛び込んでしがみついてきた。
「透……よかった。無事だったのね……」
「……ああ。それより正岡さんは?」
 真理を落ち着かせてから正岡さんの部屋に足を踏み入れた。
 鉄の錆び付いたような臭いが立ちこめる部屋は先程までの事件直後と違う光景。
 皆で捜索した時になかったベッドの上に正岡さんは肢体を投げ出し倒れていた。
 しかしその身体には一部付いているべきパーツが欠けていた。
 肩から上のパーツ。頭部が完全に切り取られた状態で死んでいた。
 首の辺りから流れた血液が見事なまでに不気味な模様をベッドのシーツにこびり付いている。
 そしてその死体の傍らには蟹の死骸が転がっている。
「……これは」
「あの船長さんが云ってたわらべ唄通りよ……」
 可奈子ちゃんが呟いている。
 わらべ唄……。

 底虫村の しん太郎どん
 痛い痛いと 泣いてござる
 何が痛いと 
蟹コが聞けば
 悪たれ鼬(イタチ)の ふうのしんに
 喉を切られて 話ができぬ
 それで痛いと 泣いてござる
 びゅうびゅうびゅうの
 ざんぶらぶん
 びゅうびゅうびゅうの
 ざんぶらぶん

「……透。船長さんが歌っていたわらべ唄よ」
 真理は僕の肩に爪を食い込ませながらぼそりと云った。
 肩を伝って真理が震えているのが解った。他の面々も黙り込んでしまっている。
「透君、こんな物が彼の脇に置いてあったよ」
 彼とは正岡さんのことだろう。小林さんは一枚の紙切れをポケットから取り出し僕に渡して見せた。白い紙に赤黒い文字で書き込まれた言葉。それは次の獲物を狙う殺人者からのメッセージだった。

『まだ復讐は終わらない 血の制裁をもって償え』

 不規則な形の文字がより不安感をあおり立てている。
「この紙はもう……?」
「ああ、他の人も見たよ。一体誰がこんな事を」
「まだ殺人者がこの館に潜んでるの? 嫌よ! 私帰るわ!」
 可奈子ちゃんがヒステリックな声をあげて立ち上がった。
 美樹本さんはパニック状態の可奈子ちゃんを抑え冷静な声で話しかける。
「帰るって云っても、もう船はないんだよ。それに、こんな暗闇の、しかも雪の積もった足場の悪い道を船着き場まで行く方が危険だ。明日の昼になれば助けは来る。船長が迎えに来てくれるよ。それまでの辛抱だ」
「……でも」
「じゃあ、こうしよう。みんなで一階の食堂で明日の昼頃まで一緒に過ごすんだ。そうすればうかつに犯人だって手を出せないだろう?」
 美樹本さんの言葉に誰もが頷いた。確かに一丸となって食堂にいれば手を出す事なんて不可能だ。
「そうと決まればこんな所にいる必要もない。みんな食堂に行こう」
 俊夫さんが美樹本さんの言葉を受けてみんなに伝えた。
 誰もがこの場から去りたかったのだろう。移動はスムーズに行われた。
 ……沈黙。
 張りつめた空間を静寂が包み込んでいた。
 食堂内にあるソファとテーブルの所に全員が落ち着いた。食卓の方には誰も腰を掛けていない。
 隣に座った真理は僕の腕に寄りかかるようにして座っている。
 まだ先程の恐怖がこびり付いているのか震えは治まっていなかった。
「……一体、誰があんな事を」
 静寂をうち破るかのようにぼそりと口を開いたのはみどりさんだった。
 皆が思っていることだろう。その話に俊夫さんも口を開き参加した。
「さあな。イカレたやつがまだこの館に潜んでるって事は確かだろうが」
「それだよ。一体何処に潜んでるって云うんだ? 外は30分もいたら凍えてしまうくらいの寒さだ。しかし、さっきこの館を捜索したときはどこにも隠れてる感じはしなかったぞ」
「そうですね。部屋は隈無く探しましたし、隠れられそうなスペースも調べ潰しましたし」
 僕の言葉に捜索隊のメンバーも頷く。
「じゃあ、外部犯なんてもしかしたらいないって事?」
 みどりさんがぼそりと呟く。
 しかしその呟きは静寂を伝って全員に衝撃を与えることになった。
 いち早くその状況を飲み込んだのか真理が口を開いた。
「……この中に、犯人がいる」
 的を得た答え。
 しかし誰もがそう思いたくなかったのだろう、その言葉は今まで決して発されることはなかった。
 しかし、皆はその答えを認めざるを得なくなるだろう。
 その言葉を聞いたとき皆は周囲の人物の顔を見回していた。
 疑心暗鬼になっている。
 誰もがお互いを疑い、監視するかのように。
 その行動で香山さんの動きがおかしくなった。
「なぁ、夏美がおらんねやけど。誰かしらんか?」
 香山さんの言葉に全員もう一度お互いの顔を見合わせる。そして誰もがかぶりを振った。
「何やて! 誰もしらん? 夏美は、夏美は何処におるんや!?」
 やがて香山さんの疑問は怒号へと変わっていく。
「あっ!」
「何や小林君! 何か思い当たることでもあるんか?」
 香山さんは小林さんの肩にしがみつき顔を覗き込むようにして問い詰めている。
 小林さんは俯きながらぼそりと口を開いた。
「……そういえば、正岡君の死体発見時に全員を呼びに回ったんだが、夏美君だけ返事がなかった」
「何……!? 何でその時云わんかったんや!」
「死体を発見して動転したのかも知れない。……すみません、忘れるつもりじゃあ……」
「当たり前や! 夏美に何かあったらどないしてくれるんや!」
「……すみません。本当に……」
 そういうと小林さんは俯いたまま頭を抱え込んで黙ってしまった。
 香山さんはその姿に何も云うことが無くなったのか立ち上がり食堂を出ていこうとする。
「香山さん、どこ行くんですか!?」
「決まっとるやろ。夏美の部屋や。あいつを探しに行く」
「一人で動かない方がいい。まだ犯人がこの中にいると決まった訳じゃあ……」
「ほな、なおの事や。夏美が危険かも知れんやろ。かまわん。わし一人でも行くさかい、放っといてくれ」
「そういうわけにはいきませんよ。とりあえず、誰か付いて行かないと」
「私が付いて行こう」
「じゃあ、僕も行きます。俊夫さんと村上さん、それから……小林さんは犯人が手を出せないように見張っていて下さい」
「まるでこの中に犯人がいるって云いたそうだな」
「そんなことは云ってませんよ。どこかから狙ってるかも知れないと……」
「冗談だよ。ここのことは大丈夫だ。早く行ってこい」
 その冗談は他のメンバーには受け入れられなかった。
 それはそうだろう。
 疑心暗鬼の真っ直中にいる人たちにその冗談は酷すぎた。
「気を付けてね……」
 真理は今回ばかりは付いてくる気にならなかったらしい。
 一度死体を目の当たりにしてしまったのだ。好奇心だけでは動けないことは容易に解った。
 夏美さんの部屋に到着したときには全員少し息が上がっていた。
 無理もない、食堂からノンストップで駆け上がってきたのである。
 息を整えることもせず香山さんは乱暴にドアを叩いた。
「夏美! おるか! おったら返事してくれ!」
 返事は帰ってこない。
 部屋の鍵もかかっているためキヨさんから借りてきたマスターキーを刺し込んでドアを開けた。
 中に足を踏み入れ辺りを見回すが気配が感じられない。
 入り口右脇のトイレとバスを覗き込むがそこにもいない。反対側にすえつけてあるクロゼットの中にもいない。
「どこ行ったんや……」
 香山さんはぐったりとうなだれるとベッドに手を突いてため息をもらした。
「厨房とかに何か飲み物を取りに行ったのかも知れない。今頃コーヒーでも煎れて部屋に戻ってくるかも知れないですよ」
 美樹本さんが香山さんの肩に手を掛け落ち着かせるように云った。
 香山さんは決して納得はしていないだろうが「そうやな……そうかもしれん」と呟き立ち上がった。
「別の場所も探してみた方がいいかも知れない。香山さん、行きますか?」
「そうしてもらえるか。……スマンな。後で小林君にも謝らなあかんな。さっきはちょっと云いすぎた」
 少し落ち着いたのかゆっくりと部屋を出ようとしたときだった。
 ……‥‥……
 何かが聞こえたような気がした。
 廊下に出て耳を澄ませてみる。しばらくすると……。
「キャーーーー」
 今度は聞こえた。微かではあるがしっかりとした悲鳴。
 一階からである。
「何があったんだ!? 一階から聞こえたようだが」
「行ってみましょう」
 慌てながらも三人で階段を駆け下り一階の玄関ロビーへと出てくる。
 すると食堂から数名駆けつけてくるのが見えた。俊夫さんと真理だ。
「どうしたんですか? 何があったんです」
「解らない。みどりとオーナーが厨房にコーヒーを煎れに行ったんだ。それからしばらくして厨房の方から悲鳴が聞こえた」
「何ですって!? とりあえず、急ぎましょう」
 真理と俊夫さんが加わった5人で厨房へ一気に走り出す。
 先程走ったせいもあってか思うように足が進まない。何とか到着した厨房からは暖かな光が漏れてきている。
「みどり、オーナー大丈夫ですか!?」
 部屋の中からその声を聞いて黒い影が飛び出してきた。
 思わず身構えてしまったがみどりさんであることがすぐに解った。
「……な、中で……な、夏美さんが……」
 声にならない声を絞り出しながらみどりさんはそう答えた。
「俊夫君。それに透君達も……」
 小林さんはそういうと香山さんの所に駆け寄り床に頭をこすりつけた。
「香山さん! すまない! 私が忘れていたばっかりにこんな事に……」
 小林さんの言葉を聞き香山さんは厨房の奥に飛び込む。
 中に入ると先程よりは控えめな、しかしはっきりした鉄臭さが充満している。
「……夏美」
 流し台のすぐ下に香山さんは膝を折り呟いていた。
 その腕にはしっかりと抱きしめられた生前とは打って変わった夏美さんの姿があった。
 首に狐の襟巻きを巻き付け、手と足からはおびただしい量の血液を流している。
 しかしそれでも香山さんは愛おしそうに抱きしめて離さないままでいた。
「透……夏美さんは……」
「そっとしておこう」
 香山さんを置いて部屋を出ようとしたが、香山さんは夏美さんの死体をそっと横にして顔に自分のハンカチを掛けて立ち上がった。
「……皆、待ってくれんか? 夏美の死体を調べたい」
 香山さんが突然妙なことを云い出した。
 はじめは気でも違えてしまったのかと思ったがそうではないことがすぐに解った。
「わしは犯人が憎い。せやけどこのまま何もせんのはもっと腹が立つ。犯人を捕まえるんや。何か手懸かりがあるかも知れん。せやから、他のみんなにも手伝って欲しい」
 そういうと香山さんは先程の小林さんと同じように床に頭をすりつけながら云った。
「頼む! 夏美の無念はらしたいんや! せやから……」
「香山さん、顔を挙げて下さい。もとはといえば私の責任でもある。もっと早くに気付いていればこんな事にはならなかったかも知れない。手伝わせて下さい」
「オーナーの云う通りだ。そんなことをしてちゃあ奥さんに笑われるぜ。香山さん、手伝わせて貰うよ」
「……おおきに。ホンマ、おおきに!」
 香山さんが深く頭を下げた後小林さん達は手分けして厨房の中を詮索する。
 香山さんは夏美さんの死体のポケットを探っている。真理はみどりさんの側で何か考え込んでいるようだ。
「ん? 何や、これは……」
 香山さんがポケットを探りながら声を出した。
 ポケットから手を出すと何かを握っている。それを香山さんは広げてみんなに見せた。
「……写真?」
 広げられた物には大きめの眼鏡をかけた女性が写っている。
「……亜希」
 美樹本さんがぼそりと云ったのが耳に入った。
 他の人たちも聞いたようだが写真の裏に書いてあった文字に皆注目した。赤黒い血を思わせるような字だった。
『今夜12時 厨房にて待つ』
「一体誰が……」
 香山さんは呆然と写真の裏を眺めていたが、他に気になった点が思い付かなかったためか何か気が付いたことがあったかを聞いていた。
 他のメンバーがかぶりを振ったため一度食堂に戻ることになった。
 食堂に残った人たちに事の次第を伝えるとさらに食堂は重い空気を漂わせた。
「……夏美さんまで」
「……もう嫌」
 そういうと可奈子ちゃんと啓子ちゃんは肩を寄せ合ってすすり泣いている。
 人が二人も死んでいるのだ。無理もない。
「美樹本さん、さっき写真を見て『亜希』って云いましたよね」
「…………」
 俊夫さんが問いかけると美樹本さんは俯いて黙っている。
「知り合いなんですか? どうなんです、答えてくれませんか」
「……恋人」
「恋人? 美樹本さんの?」
「……いや、元恋人と云うべきだな。昔付き合っていた……」
 とつとつと語りだした美樹本さんに全員が注目した。
 すすり泣いていた可奈子ちゃんも啓子ちゃんも今は泣くのを止めじっと耳を傾けている。
「一年ほど前まで付き合っていたんだ。あのゲームが出る少し前だよ」
「で、その恋人が何でこんな所に?」
「解らない。ただ、途中で連絡が取れなくなって会っていないから今はどうしているか解らなかったが……」
「行方不明って奴ですか」
「そういうことになるのかな? 私はてっきりもう会いたくないものかと思っていたんだが」
「事件との関係は?」
「解らないよ。僕は夏美さんのことは昨日初めて知ったぐらいだからね」
 そう云うと美樹本さんはもう黙り込んでしまった。
 それだけ聞くと真理が口を開いた。
「亜季って、あのゲームの河村亜季さんじゃないの?」
 真理の言葉に俊夫さんは「あ!」と漏らした。
「どうなんだ、美樹本さん?」
「……ああ、そうだ」
 美樹本さんが呟くようにいうと俊夫さんは肩を掴んで詰め寄った。
「どうしてさっきゲームの話が出たときに何もいわなかったんだ?」
「別に……話すような事でもないだろうと思ったからね」
「そうか? 何かやましい事でもあるから黙ってたんじゃないのか?」
「…………」
 美樹本さんは反論をするでもなく黙ったまま俯いてしまった。
「何を隠してるんだよ。云えよ」
「もういいじゃない俊夫……。話したくない事情だってあるのかも知れないし」
「人が二人も殺されてるんだぞ? そんな呑気な話してられないだろう」
 俊夫さんは美樹本さんから視線を外さないままみどりさんに応えた。
 それでも美樹本さんは固く口を真一文字に結んだまま何も云おうとはしなかった。
「俊夫さん、今は美樹本さんのことより気になることがあるんです。ちょっといいですか?」
 真理は再び疑問があることを仄めかし間に割って入った。
「……何だい?」
「正岡さんはどうだったのかしら。この『亜希』っていう人と関係があったのかしら?」
「あるんじゃないかな」
 僕は云った。その言葉に今度はみんな僕の方に集中する。
「可奈子ちゃんに聞きたいんだけど、船長さんの歌っていたわらべ唄を知っているのかい?」
 いきなりの指名にビックリしたのかきょとんとした顔でこっちを見ている。
「……ええ、船でこっちに来るとき船長さんが歌っていたから」
「他に知ってる人はいますか?」
 聞いてみると他の面々も知っているようだった。
 どうやらキヨさん以外の人は船長が歌っているのを聞いて知ったようだった。
 キヨさんは元からその土地の出身者と言う事もあって知っているのだという。
「じゃあ、正岡さんの死体があのわらべ唄に見立てられていたことには気付きましたか?」
「ええ、一番の歌詞でしょう? 喉を切られて口が利けないとかいうやつの」
 真理の言葉に全員が頷く。そこで俊夫さんはこちらに質問をしてきた。
「それと写真とどう関係がある?」
「では先を続けましょう。さっきの夏美さんの死体の様子はどうでしたか?」
「確か、両腕と両足から血を流していて、首にイタチか狐の襟巻きを巻いていたと思うが……」
 そこまで云うと俊夫さんと真理は気が付いたようだった。
「わらべ唄の二番目の歌詞に見立てられてるわ」

 底虫村の  女郎蜘蛛
 嫌じゃ嫌じゃと 泣いてござる
 何が嫌じゃと 
狐コ聞けば
 悪たれ鼬の ふうのしんに
 手脚もがれて 散歩ができぬ

 それが嫌じゃと 泣いてござる
 びゅうびゅうびゅうの
 ざんぶらぶん
 びゅうびゅうびゅうの
 ざんぶらぶん

 他のメンバーもそのことに気付き驚きを隠せないでいる。
「つまり、正岡さんと夏美さんは同じ見立てで殺されています。そうなると夏美さんが持っていた写真に正岡さんが関わっていたとしてもおかしくない」
「なるほど。それは一理あるな」
 そういうと小林さんは頷きながらそういった。すると今度は俊夫さんが口を開き、香山さんに質問した。
「香山さん。夏美さんと正岡さんって、昔何かあったか聞いてませんか?」
「…………」
 香山さんは質問され俯く。俊夫さんは確信を得たのか美樹本さんの時のように香山さんに質問を続ける。
「知ってるんですね?」
「……ああ。正岡は……あいつはゲスな男や……」
 香山さんは先程の美樹本さんと同じように口を開いて語りだした。
「夏美は昔キャバクラで働いとった。その時の常連客やったらしい。ワシも今日聞いたんや。正岡が姿消してからな」
「というと?」
「わしと夏美がここ到着して、いったん別行動とったんや。そのとき、昔の常連客の正岡が迫ってきおったらしい。それでも断ったって云いおった。ウチには今あんたがおる云うてな」
 そこまで云うと香山さんの目頭には涙が溜まっているのが見えた。思い出したのだろう、涙混じりの声で更に続けた。
「昔の常連客やった頃、正岡はしつこいくらいに付きまとってたらしい。暴力なんかも振るったって云いおった。正岡は今度別の女を見つけて夏美を諦めよったらしい。それでも昔のことや、今はワシと暮らせて幸せなんやって云うとった」
 全員が沈黙した。先程までの重苦しい沈黙とは違う、香山さんに対する同情の沈黙のように思えた。
「そうだったんですか……辛いことを思い出させたみたいで申し訳ない」
「……かまわへんよ。夏美の事件と関わりがあるかもしれん重要な証言やろ?」
 そう云うと香山さんは俊夫さんに無理矢理ではあるが人なつっこそうな笑顔を作った。
 今ではそんな笑顔も今までの香山さんからは想像できないほど悲しみに満ちているのが読めた。

     12

 香山さんの話が終わり、それぞれまた沈黙を保っていた。
 しかし、私は気になることがあったので可奈子さんに質問してみた。
「可奈子さん。正岡さんのことなんだけど一ついいかしら?」
「……ええ、解る範囲のことなら」
「正岡さんを初めに見たとき、どうして正岡さんだって解ったの?」
「えっ?」
 この質問の意味がよく解らないのか可奈子さんは聞き返してきた。
「私たちが発見したときには首がなかったでしょう? 正岡さんの部屋で発見されたからそう思ったけど、可奈子さんはどうして解ったんですか?」
「……だって、初めに正岡さんを見たときは顔があったから……」
 この発言には正直驚いた。
 初めは首があった?
「正岡さん、ベッドの上で倒れてたとき仰向けで首から血を流して倒れてたの」
「でも、どうして犯人は後で首なんか切り取ったんだ? 何か理由があるのか?」
 叔父さんがそういうとみんなも黙り込んで考えているようである。
 何か首を切り取る理由……何だろうか……。
「ねえ、私提案があるの。正岡さんの死体もしっかり調べてみたいんです」
 この言葉にみんなは凄まじい表情で反応した。
 確かにそうだろう。あの死体がある場所にもう一度行かなければ行けない。
 決して近寄りたくはないだろう。
 しかし、私は続けた。
「何か手懸かりがあるかも知れない。誰か、付いてきてくれませんか?」
 誰も賛同しないかに思えたが付いてくることを志願してくれた人がいる。
 透である。
「僕も行くよ。一人じゃ危険かも知れない」
「ありがとう、透」
 しかし透だけではなかった。もう一人いた。
「君を危ない目に遭わせると妻に何を云われるかわからんからな。私も付いて行こう」
「叔父さん……」
 二人とも私を気遣ってくれているのがひしひしと伝わってきた。
 他の人はやはりもうあんな死体を目にするのは嫌なのだろう、このさき賛同者が現れる気配はなかった。
「じゃあ行ってきます」
「気を付けるんだよ。何処に犯人が潜んでるか解らないからな」
 俊夫さんは精一杯気を遣ってくれたのか言葉を投げかけた。
 しかし、よけいに不安は煽られた。
 正岡さんの部屋に到着するとドアが閉まっているがそこからは微かに血の臭いが漏れてきていた。
 ややドアを開けるのが躊躇われたがそういってもいられないので思い切ってドアを開けた。
 先程とまったく変わらない光景がそこにはある。
 血のこびり付いたベッドの上には首のない死体が転がっている。なるべく切断面に目が入らないようにしながら付近を調べることにした。
 死体の服装は生前の時とある部分以外は変わらず寒がりなのか厚手の服を何枚も重ねて着込んでいた。
 一カ所だけ気になる点があった。
 手袋の指の部分が切れてそこには血が滲んで固まっているのである。
「何でこんな所を怪我してるんだろう……」
 不思議に思ったが何も思い浮かばなかったのでとりあえず気にとめる程度に覚えておくことにした。
 叔父さんは窓の辺りを調べている。透を見ると正岡さんのカバンを探っているようだ。
 もう一度観察してみる。
 何かおかしな所……そうだ、どこかで見たことのある物がそこにはあった。
「そうよ、この蟹。物置で見たやつだわ」
「あ、そういえば見たような気がするが……」
 窓の辺りを調べ終わったのか叔父さんは私の隣に来てそういった。
「ここには他に気になるとこも見られないし、物置に行ってみるかい?」
 透も一通り調べ終わったのか物置に行くことを提案したので私は頷き物置へ向かうことに決めた。
 正岡さんの部屋とは反対側に位置する物置に到着し、電気をつけて中に入った。
 ネズミや何かの動物の脳のホルマリン漬け、魚類のはく製各種、手枷、足枷、拷問器具の鞭、西洋の鎧、爬虫類のはく製各種、人体模型、など不気味な物はやはりいつ見てもいい気分ではなかった。
 部屋に入ったときカビ臭い臭いとともに先程から嗅ぎ慣れた臭いが混じっていることに気が付いた。
 そして調度品の違和感にも。
 断頭台が血に塗れて刃を赤黒く光らせていたのである。
「前来たときはこんな感じじゃなかったよな」
「そうよね。それに血がまだ付着して乾ききっていない感じがする」
 断頭台の周りにも多少血痕が飛び散っており壁や調度品を赤黒く染めていた。
 そして床に散らばった甲殻類の標本にも例外なく血痕が付いている。
「間違いないみたいだな。ここの中から蟹を持っていって正岡君の死体の脇に添えたんだろう」
 少し血の臭いがし過ぎるのが嫌で新鮮な空気を吸おうと窓を開けた。
 そこからは向かい側にある正岡の部屋の窓が見えていた。あちら側の電気を消し忘れていたため闇の中にうっすらと光をたたえていた。
「もう何もないみたいだな。いいかな、真理君?」
「ありがとう、もういいわ。一階に行きましょう」
 一階に到着し食堂に入ると湯気を立てたコーヒーが用意されていた。
「さっき煎れ損ねたから」
 暖の効いた部屋がこれほどありがたいとは思わなかった。
 少し冷えていた体にコーヒーが何とも嬉しい。コーヒーをすすっていると俊夫さんは報告を促してきた。
「何か新しい進展でもあったかな?」
「これと云ってはなかったんですが、正岡さんの殺害現場がどこかは解りました」
「一体何処だったんだい?」
 俊夫さんの質問には透が答えることになった。
「恐らく物置だろうと思われます。物置にあった断頭台が使用された痕跡がありました。血液が付着していたんです。それから、見立てに使用されていた蟹も物置の物と考えて良さそうです」
「それで、首の方なんかは見付かったのかな」
「それはまだ見付かりませんでした。けど、一つだけ云えると思うんです」
「何だい?」
 透はそこからゆっくりと口を開いた。今までとは少し雰囲気が違う。
「……やっぱり犯人はこの中にいるんじゃないでしょうか?」
 再び張りつめた空気がその場を支配した。
 透の雰囲気が変わったのはこのためだった。透は続けてそのことを話し出した。
「さっきから隈無くこの館を探したけど犯人と思われる人間は見付からなかった。それに外部犯が殺そうとするなら何も見立てなんて手の混んだことをする必要がない」
 確かに透の云うとおりである。
 これで外部犯の可能性は否定されたことになる。
 透の推理にみんながまた疑心暗鬼になる。
「犯人がこの中にいるんなら、消去法でもしようじゃないか」
「消去法?」
 俊夫さんはそういうと自らの推理を展開し始めた。
「つまり犯行が可能だった人物を捜せばいいんだ。夏美さんの殺害はあの紙で呼び出されたことを考えると深夜0時頃であったと考えられる。その時間にアリバイのある人物は?」
 俊夫さんの問いかけにアリバイを主張する人物は出てこなかった。
 俊夫さんとみどりさんも部屋が別々だったこともあって別々で休んでいたようである。
「ではもう一つの事件について。正岡さん殺しだが、食堂で最後に姿を見たのは20時20分頃かな。そして事件が起こったのが正岡さんの部屋に駆けつけた21時の間だ。この時間にアリバイのあった人は?」
 この問いかけにはほとんどの人がすぐさま手を挙げた。
 一人を除いて……。
「おや? 可奈子ちゃん。手が挙がってないけど」
「……解ってて云ってるでしょう。やっぱり私が犯人だって云いたいわけ? でも私にだって無理よ。叫んだ後にすぐさまどこかに死体を隠すなんてできるはず無いじゃない」
「何も悲鳴を上げた後でなくてもいいさ。悲鳴を上げる前に正岡さんを殺害し、どこかに隠してから叫べばいいだけだ」
 みんなの視線が可奈子さんに注がれる。その視線にのっかっているものは疑惑である。
「ちょっと待ってよ。私やってないわよ。だってちゃんと証言したでしょう、正岡さんは首のある状態で死んでたって。後で発見された死体には首がなかったじゃない。私が犯人だったらどうしてそんな嘘を付く必要があるの?」
「みんなを混乱させるためかも知れないじゃないか。嘘を付くことで捜査の目をごまかせるしね」
 可奈子さんは呆然としている。
 確かに俊夫さんの云う推理には何の曇りもないようではある。
「そこで採決を取りたい。犯人は可奈子ちゃん以外に考えられない。彼女を監禁してしまった方がいいんじゃないかと思うんだが、どうだろう?」
「そんな、可奈子は犯人じゃないわ」
「じゃあ啓子ちゃん。何か彼女が犯人では無いという証拠はあるかい?」
「そんなの……無いわ。でも、可奈子じゃ……」
「もういいわ啓子。ありがとう。監禁でも何でも好きにするがいいわ」
「本人の了承も得たことだし、そういった運びで良いかな?」
 反論が浮かび上がらないのが悔しかった。
 私も可奈子ちゃんが犯人ではないと思う。しかし証拠はない。
 透の方を見てみるが透も目が合うと首を横に振っている。
 やはり反論する材料がないのだろう。
 周囲を見まわすが反論を申し立てる者は誰もいなかった。
「キヨさん、どこかにいい場所はないかな?」
「特にないと思いますが、厨房の横の貯蔵庫なら外から鍵が掛けられるようになってます」
「よし、そこにしよう。寒いといけないだろうから。毛布を何枚かだけ持っていっても良いだろう。雑誌か何かも欲しいかな?」
「別にいらないわ」
「可奈子……」
「大丈夫よ啓子。私は犯人じゃない。信じてくれてありがとう」
 それだけ云うと俊夫さんと村上さんは可奈子さんを連れて貯蔵庫へと向かった。
 しばらくすると俊夫さんと村上さんが戻ってきた。
「これで身に及ぶ危険もなくなったことだし、安心して眠れるよ」
「全くだ。私は一眠りさせて貰うことにする。では失礼」
 そういうと村上さんは食堂を欠伸をしながら出ていった。
「他の人もゆっくりした方がいい。色々神経も使いすぎて疲れてるだろうし。行こうか、みどり」
「……ええ。それじゃあ……おやすみなさい」
 そういうと俊夫さんとみどりさんも食堂を出ていった。
 他の人たちもぞろぞろと部屋に戻り始める。啓子さんを除いて。
「ごめんね、啓子さん。あの推理に反論する材料が見付からなかったの」
「いいのよ……犯人が可奈子じゃないって証明してみせるわ。そうすれば可奈子はあそこから出してもらえるんだもの」
「無理はしない方がいいよ。犯人が可奈子ちゃんじゃないなら、どこかで犯人が様子を伺っているかも知れない。それに可奈子ちゃんは今安全な場所にいるともいえるだろうし」
「……そうね。でも何もしないわけにはいかない。少しでも出来ることはするつもりよ」
「私たちも手伝いましょうか?」
「ありがとう。でも、いいわ。二人とも疲れてるでしょうし。ゆっくり休んで」
 それだけ云い残すと啓子さんは食堂を後にした。
 今までと違って啓子さんがしっかりして見えた。さっき可奈子さんと一緒にすすり泣きをしていたとは思えないほどだった。
「真理、そろそろ僕たちも行こうか」
「……うん」
 透の言葉に押されるようにして私たちも食堂を後にした。
 お互い部屋に別れて帰ったときにはもう深夜2時半を少し回っていた。
 部屋に入ってベッドに腰を掛けると相当からだが疲れていたのかすぐに瞼が重くなってきた。
 ドアをノックする音が聞こえる。
 誰だろうか、こんな遅い時間に。
 鍵を外しドアを開けるとよく知る顔があった。
 何となくその人物を部屋に招き入れると部屋の鍵を閉じられてしまった。
「どうして鍵を閉め……」
 最後まで云う前に相手の手に視線がいった。
 ハンマーを握っている。
 まさか……そのハンマーで?
 そう思ったときだった。
 相手は躍りかかるようにして襲いかかってきた。
「きゃあ」
 すぐさま頭を抱え横によける。
 相手のハンマーは寸前のところで空を切る。
 しかしそれだけでは終わらなかった。
 相手は体勢を立て直すとなおも襲いかかってくる。
 そのことごとくを避けることに成功したが部屋の隅に追い込まれてしまった。
 相手は徐々に距離を詰めてくる。
 そして……ハンマーを振り上げ……力一杯に降ろしてくる。
 頭に鈍い衝撃が入った。
 腰や背中の方まで伝わっている。
 私は部屋の隅ではなくベッドの脇に寝そべっていることに気付いた。
 どうやら寝ぼけてベッドから落下したらしい。その際に頭と腰を打ち付けたようだ。
 こんな姿を透に見られなくてよかったと思う自分がいた。
 何気なく時計を見るとまだ先程から一時間ほどしか経っていないことが解った。
 そういえば透は何をしているだろう。寝ているかも知れない。
 でも少し話がしたいことがあって透の部屋へ行くことにした。

     13

 時計に目をやると3時半だった。
 まだ明け方まで時間がある。少し横になろうかと考えているときだった。
 ドアが控えめなノック音をたてた。
「透、私よ」
 どうやら真理のようである。
「開いてるよ」
 ドア越しに伝えると真理は中に入ってきた。
「どうしたんだ?」
「……うん。ちょっと話がしたくて。今いい?」
 断る理由なんかどこにもなかった。いや、むしろ歓迎である。
「いいよ」と云うとベッドに座っている僕の横に腰を掛けた。
「話したい事って何だい?」
「透ってさ、彼女とかいないよね?」
 いきなり核心から入ってきた。無防備なところに見事な一撃を喰らい少し慌ててしまった。
「……あ、ああ。もちろんいないよ。どうして?」
 声が情けないほどうわずっているのが自分でも解る。
 この質問の真意はどのようにして受け取ればいいのか解らなかったのでとりあえず質問し返した。
「……ちょっとね。1年ぐらい前、誰かと一緒にいたとかない?」
 一年前?
「女の人とかさ」
 正直驚いた。女のカンというやつか。
「ねえ、どうなの?」
「ああ、姉さんかな。一年前までちょくちょく会ってたし」
「お姉さん? いたのそんな人」
「うん、別に話すほどのことでもなかったしね」
「私たちって、それぐらいの仲だったんだ……」
 しまった。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
 今の言葉はマイナス効果だった。
「いや、違うんだよ。その、話さなかったのは聞かれていなかったからで、その大したことでもないわけだし、ええと……」
 何がプラスに作用するのか解らなかった。
 手当たり次第に喋っていたため何が何だか解らなくなってくる。
 しかし真理はそれをどう受け取ったのかクスクスと笑いだした。
「へっ?」
「……だって、そんなに必死にならなくてもいいわよ。少しからかっただけ。そこまで慌てるとは思わなかったから」
「な、何だ。そうだったの?」
「うん。でもそれぐらいは話して欲しかったな。変な誤解しちゃうじゃない」
「変な誤解?」
 そう云うと真理は、しまったという顔をした。少し顔も紅潮しているように見えた。
「何でもないわよ。ただ女の勘は鋭いんだから、変な隠し事はよくないわ」
 そういって真理はまた少し笑った。
 しかし笑っているのもすぐに止み深刻そうな顔になる。
「私たち、生きて帰れるのかな……」
「大丈夫だよ。今日の昼まで持ちこたえれば良いんだ。戸締まりさえしてれば大丈夫だよ」
 慰めになっているか解らなかったが真理はそれでも先程より落ち着いた顔になっていた。
「そうよね。でも、可奈子さんかわいそう。可奈子さんは犯人じゃないと思うんだけど」
「ああ、僕もそう思うよ。でも俊夫さんに反論するだけの材料がなかったから」
「透は誰が犯人だと思う?」
「解らないよ。今の状態じゃあ」
「じゃあ、どうして正岡さんは首を切り取られたのかしら?」
「どうしてだろう……犯人にとって都合が悪かったからかな」
 それを聞くと真理は考え込むようにして顎に手を当てて俯いた。
 どうも引っかかりがあるのだろう、それを必死で考えている。
「それに、どうして見立てる必要があるのかしら?」
「真理はどう思うんだい? ミステリーなんかでこういったものはよくあるんだろう?」
「そうなんだけど、いざ現実になってみると解らなくなるの。やっぱり創作されたものと現実は違うわ」
 少しの間ミステリー談義を行った。しかし、ここでも話は前進するようには思えなかった。
「ねえ、何か今聞こえなかった?」
 特別何も聞こえてこなかったように思える。
「廊下の方が、何か……」
 確かに廊下の方ではドアの音が微かに聞こえる。
 しばらくするとドアがノックされた。
「誰かしら……」
「透君、私だ」
「小林さん? どうぞ、開いてますよ」
 そういうとドアを開け放って中に息を切らして小林さんが飛び込んできた。
「……おお、真理も一緒か。君も狙われたのかと思ったよ」
「え? 君も?」
「……ああ、やられたよ。彼女は犯人じゃなかった」
「どういうことです。落ち着いて説明して下さい」
「啓子ちゃんが殺された?」
 小林さんの言葉に真理の表情は凍り付いた。
「どこでです?」
「正岡君のいた部屋の窓……そこから落ちたんだろう、下の池に串刺しになっていたよ」

     14

 信じられなかった。
 啓子さんが殺された。
 可奈子さんの無罪を証明するために躍起になっていたはずのあの啓子さんが。
 しかし現場に行ってみるとそこには確かに北野啓子の死体が池の表面に顔を出した剣山によって串刺しにされていた。
 首には何かで絞められた様な痕がある。
 そしてその脇には小型の鮫のはく製が置かれている。
「見立て通りだ……」
 透は自分の手帳を見ながらそう呟いた。

 底虫村の 山爺どん
 怖い怖いと 泣いてござる
 何が怖いと 
鮫コ が聞けば
 悪たれ鼬の ふうのしんに
 水辺に立たされ  身動きできぬ
 それが怖いと 泣いてござる
 びゅうびゅうびゅうの
 ざんぶらぶん
 びゅうびゅうびゅうの
 ざんぶらぶん

 透の手帳を横から見ると書かれてある通りに殺されている。
 皆も驚きの表情を隠せないでいた。
「啓子ちゃんまで……」
「可奈子ちゃんが、犯人じゃなかった……」
 俊夫さんが俯いている。
 当然かも知れない。可奈子さんを犯人に仕立て上げたがそうではなかったのだから。
「誰が初めに発見したんですか?」
 透は誰にともなく尋ねた。それには美樹本さんが答えた。
「キヨさんだよ。寝つけなかったらしいんだがもう犯人に襲われることもないと思って外の鍵を外しに出たそうだ。はじめは暗くて雪も降っていたから気付かなかったそうだ。しかし鍵を開けて帰ってくるとき遠目から見ると黒い塊があることに気付いた。そして近づいてみると死体だったというわけだ」
 キヨさんは美樹本さんの脇でうずくまって合掌をしている。
 念仏も唱えているようだった。
「犯人は可奈子ちゃんじゃないと解ったんだ。とりあえず、彼女にも報告した方がいいだろう」
 そういって美樹本さんはみんなを館の中へと促し、館へと入っていった。
 可奈子さんを釈放し事の顛末を話すと可奈子さんは俊夫さんに掴みかかり大声で怒鳴り散らした。
「あなたよ! あなたのせいで啓子は殺されたのよ!」
「可奈子ちゃん落ち着きなさい。俊夫君のせいという訳じゃあ……」
 小林さんが止めに入ったがそれでも怒りが治まらないのだろう可奈子さんは俊夫さんに詰問し続けた。
「私が犯人なんて云うから、犯人に対して隙を作ったんじゃない! あのまま全員でいればこんな事にはならなかったかも知れないわ!」
 俊夫さんは何の反論もしないまま云われるがままになっている。
 沈痛な面もちで俊夫さんは口を開いた。
「……すまない。俺のミスだ。責められても何も云えない」
「それだけ? すまないで済むと思ってるの!? 啓子はね、死んだのよ!?」
「ごめんなさい! 可奈子さん。俊夫にも落ち度はあったかも知れないわ……でも、これ以上俊夫を責めないで……お願い……」
 そういうとみどりさんは泣き崩れてしまった。
 可奈子さんも怒りのやり場を失ってしまいこらえていた涙を流して俯いてしまった。
 どうしようもない怒りが他の人にも沸き起こったようであった。
 小林さんも、美樹本さんも、香山さんも村上さんも……全員悔しそうな表情を浮かべている。
 私も許せなかった。
 絶対に犯人を見つけだして詰問せねば気が済まなくなっていた。
 全員もう一度食堂に到着するとソファに落ち着くことになった。
 しかしまだ怒りが治まった様子はなくみんな黙り込んだままでいた。
 怒りがこみ上げているのが解ったが冷静な自分がいることにも気付いた。
 今の殺人に妙な引っかかりがあったのだ。
「透、さっきの手帳を見せてくれない?」
「ん? ああ、いいよ」
 私は透から手帳を受け取るとわらべ唄を読み直した。どこに引っかかりが……。
 そのとき目に飛び込んできた文字があった。
「ここ、おかしいわ」
 私の声に反応してみんな私の方を向いた。
「どこがおかしいんだい?」
「ここよ。三番目の始まりの所」
『底虫村の 山爺どん』の部分を指さして云った。
「見立てとは明らかに違う場所があるわ」
「『山爺どん』か」
「そうよ。今まではちゃんと見立てられていたのにここに来て見立てられていない」
「何や、どこがおかしいんか教えてんか? さっぱり解らん」
 香山さんはそういうと肩をすくめて見せた。
 そのことを透が説明しだした。
「啓子ちゃんは女性でしょう? それがここでは『爺』になっています。今までは合致していたけど、これじゃあ合わない」
「そうか、ホンマやったら男が殺されなあかんフレーズやな」
「ええ。それがこうなっているって云うことは……」
「突発的な犯行だったって事かしら?」
「その可能性もあるだろうね」
 犯人はここで見立てに失敗した。
 啓子さんが詮索している時に何か不都合でも生じたのだろうか。
「しかし、それが解っても犯人が誰かまでは解らないだろう」
 村上さんの云う通りである。
 犯人が誰かまではこの情報では解らなかった。
 完全に行き詰まりのように思えた。
「他に犯人の手懸かりがあればいいんですけど……」
 犯人の手懸かりが欲しかった。
 今まで見てきたものや推理したことを振り返ってみる。
 何かあるはず。何か……。
「首が無くなった正岡さん……首がない……」
 透が横で呟いている。
 首がない?
 そうだ、正岡さんには首がなかった。
 一体どういう事か。
 首があると犯人には不都合だった?
「そうだ、首があると不都合だったんだよ!」
 透が大声を上げた。
 それに驚き他の人たちは少し背筋を張っていた。そして透の方に視線を向ける。
「一体どうしたって云うんだ透君。首があるとか何とか」
「ええ、まだ完全ではないんですが犯人を特定することは出来ました。あとはもっと完全に出来る根拠が必要なだけです」
「犯人が解った!? 一体誰なんだ?」
「まだ云えません。はっきりとするまでは」
 透はミステリーの探偵役がよくやる焦らしを行った。
 透の顔は確信に満ちた表情である。
「今は5時か。少行きたい場所があります」
「何処へだい?」
「湖畔の所です。皆さん付いてきてくれますか?」
 みんなは困惑の表情をしている。
 しかし、犯人が解るならという気持ちが強かったのかみんなは首を縦に振った。
「キヨさん、懐中電灯なんかありますか?」
「ええ、何本かありますが」
「じゃあ、行きましょう。湖畔まで」
 透に付いてみんなは湖畔へと向かうことになった。
 少し暗い道は足場が良いとは云えなかったのでゆっくりと進むことになった。4、50分ほど歩いてようやく湖畔までたどり着いた。
「一体何がしたいんだね、透君」
「あの湖畔の脇にある小屋を調べたいんです」
「小屋?」
 三日月館に来る途中で見かけた小屋だった。
 あそこに何があるのだろうか?
「キヨさん、あそこは鍵なんか必要ですか?」
「いや、必要ないと思いますよ。内側からの鍵だけで、釣り客が使う一般向けの貸し出し小屋ですから」
 それだけ聞くと透は小屋へ向かって歩いていく。
 みんなも透に付いて小屋へと向かう。
 近くで見てみると丸太でしっかりと造られた小屋だった。透はドアに近づきドアノブをひねっている。
 開け放たれた小屋の入り口にみんなが集まると懐中電灯で中を照らした。
 十畳くらいのスペースに色々なものが散乱していた。
「こっちは空の缶詰なんかがある。あと、紙皿と箸も一つずつあるな」
 村上さんが照らし出した所にはいくつかの空の缶詰が転がっている。
 紙皿にはお箸と少量だが缶詰の中身らしきものが残っていた。
「それほど古いものでもないみたいだな」
 缶詰は最近開けられたものらしく錆なんかもほとんどないようだった。
 他に何か無いか照らしてみるが特段何も落ちてはいなかった。
 案外ここを利用する人たちはマナーが良いのかも知れない。
「こんな事を調べて、何が解るんだね?」
「これではっきりしましたよ。犯人が誰なのか」
「本当かね!?」
「夏美を殺した犯人解ったんか?」
 叔父さんと香山さんの言葉を聞いて透は頷き返した。
 外も少し明るみ小屋の中の闇にも目が慣れてきたためうっすらだが姿が見て取れる。
「犯人は私たちのよく知る人物です」
「もったい付けずに云ったらどうだ?」
 俊夫さんも少しいらついていた。
 ミステリーの探偵が焦らす行動は実際にやると相当な不快感を与えることがこれでよく解った。
「そうですね。それでは云いましょう」
 それでも透はまだ溜めていたが口を開き始めた。
「三日月館で起こった連続殺人の犯人。その人物は……」



 かまいたちの挑戦状

 三日月館で起こった連続殺人事件の犯人は誰か?

 ここまでの問題編の中に謎を解く鍵は隠されています。
 基本的なルール
 ・登場人物の氏名、職業の表記に嘘はない
 ・真犯人は単独犯である

 以上のことをふまえた上で推理をしてください。
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