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焼失の謎 〜解決編〜

     1

 2005年 2月11日 12:00

 食堂で4人男女と2人の刑事が向き合っていた。
「刑事さん。いい加減に解放してくれませんか? もうクタクタで……」
 相崎は刑事の鹿島と吉良に向かって愚痴った。
「しかしですなぁ、事件の解決が先決でして……」
「あのね。私たちが帰った後でもそれくらいできるんじゃないですか? 私たちがここにいる必要が無いじゃないですか」
 困った表情で答えた鹿島に江川が口を挟んだ。
「さっきから色々証言したって、刑事さん唸ってばっかりじゃないですか! 解決できるんですか? ホントに……」
 魚沼は訝しげな表情を浮かべて鹿島を見ながら言った。
「また進展があるなり、証言が得たくなったら個々に連絡を入れればいいじゃないですか」
 勘弁してほしいといった表情で稲田も鹿島に向かって伝えた。
「じゃあ、失礼しますよ! 皆さん、行きましょう」
 相崎が立ち上がりながら言うとその言葉に反応するように稲田、魚沼、江川も立ち上がろうとする。
「ちょ、ちょ! ちょっとだけ待って下さい! すぐ、解決できると思うんで」
 吉良は慌てながら全員に訴えかけた。それを聞いて鹿島が吉良の胸ぐらに飛びついた。
「お、おい! 本当か!?」
「……え、ええ。でももう少しだけ待って下さい。もうすぐ到着するはずですから……」
 鼻息の届く距離に鹿島の顔があったため吉良は押しのけながら答えた。
「……一体誰が来るっていうんですか? 誰か来たところで何が変わるって……」
 相崎があきれた表情で呟いているときに食堂のドアが開く音が聞こえた。
 全員がその音に反応してドアの方を向くとそこには一人の人物が立っていた。
「遅れて申し訳ありませんでした。吉良さん」
 ハイヒールの音を鳴らしながら吉良に歩み寄るとその人物は吉良に一礼した。
「……だ、誰だ、この女性は!?」
 目を丸くしながら鹿島は吉良に尋ねた。
「初めまして、鹿島警部。吉良君から色々お話は伺っております。私は吉良君と大学時代の学友で釈迦と申します」
 釈迦と名乗る女性はニコッと笑うと鹿島にも一礼して見せた。
「実は彼女は警視庁のプロファイリングチームに所属していて、アメリカに渡って色々事件を解決してきたっていう実績を持ってるんですよ!」
 喜々とした表情で吉良が語るのを鼻で笑うようして鹿島は口を開いた。
「ほう、あの有名なプロファイリングのねぇ。だがな、ここは私の管轄だ。好き勝手にしてもらっちゃあ困るんだよ。あなたには悪いがお帰り願おうか?」
「いえ、私も個々の管轄に今はいるんですよ。S県警にも新設されるプロファイリングチームに講師として招かれてるんです」
 釈迦はそう言うと肩口から下げたバッグから一枚の紙を取り出し鹿島に手渡した。
「何ですかな、これは? 何々……『事件の解明に積極的に協力すること S県警本部長……』……ほ、本部長!?」
「よろしくお願いしますね、鹿島さん」
 口をパクパクさせている鹿島に微笑むと釈迦は一礼をしてみせた。
「警部、本部長命令じゃ仕方ありませんよねぇ〜」
 鹿島は吉良の言葉を聞くと今度は口惜しそうに舌打ちを打つと聞こえる最小限のボリュームで「ぁぁ」と呟いた。
「それでは事件の関係者でいらっしゃる皆さんには、何度も聞かれたこととは思うのですが、これまでどのような経緯をたどったのかお伺い願えますか?」
 事件関係者の4人はうんざりした顔をしながらも起こったできごとを口々に語り出した。

 全てを釈迦は聞き終えると「ありがとうございました」と一言もらし、鹿島の方を向いた。
「それぞれ関係者の方々に動機はあったのでしょうか?」
「皆一様に言うのは『あの先生なら誰でもありそうです』としか言わなくてね。ハッキリした動機はわからなかったな」
「そうですか。では早速なんですが、警部と吉良君に協力していただきたいことがあります。私はこれから個別で皆さんに動機を伺いたいと思います。仮に何か法に触れるようなことがあったとしても、そこには目をつぶっていただけますか?」
 その言葉に鹿島と吉良は顔を見合わせて驚きの表情を見せた。
「な、何だと!? そんな事できるわけないだろう! この事件と動機内で発覚したことは別の事件だ! そんなこと許されるわけ……」
「これは司法取引のような物だと思ってください、警部。リスクを吐き出して事件解決に協力して頂くんです」
 鹿島の言葉を遮るように釈迦は澄んだ声を発した。
「しかし協力するのは市民の義務だよ?」
 それに反論するように吉良も口を挟む。
「私たちだって市民の一人でしょ?」
「それとこれとは話が違うだろう!」
 鹿島は怒り狂うようにして釈迦に反論した。しかし冷静な表情で釈迦は言葉を返した。
「私は今までこの方法で事件を解決へ導いてきています。実際にこのような取引が行われなければ解決できなかった事件もあるのです。警察の権威だけで捜査をすることは事件解決には繋がらないこともあるんです」
 まっすぐに鹿島の顔を見ながら釈迦は言った。その視線に気圧されるように鹿島は頭を掻き出した。
「……私と吉良はしばらく現場の検証に戻る。何か解ったら伝えてくれ」
「しかし警部……」
「ウルサイ! 黙って付いてこい!」
 鹿島は吉良のネクタイを掴むと引っぱるようにしてドアの方へ向かった。
「警部。ありがとうございます」
 釈迦が一礼すると「事件の解決が俺達の仕事だ。それ以外の事件は私たちの範疇じゃない……それだけだ!」と振り返りもせずに頭を掻いて鹿島と吉良は食堂を後にした。

     2

 同年同日 13:30
 釈迦は全員から何とか事件前夜に生まれた動機を聞き終えると、鹿島と吉良に食堂に戻ってくるように伝えた。
 それを聞いて鹿島と吉良が食堂に到着すると釈迦は口を開いた。
「皆さんにはそれぞれ動機があることが解りました。しかし判明した事柄に関して我々は一切の捜査放棄をさせていただきます」
 動機を話した一同のいる食堂は通夜のような雰囲気になっていたが、釈迦の言葉に一同は少し安堵の表情を浮かべていた。
「で? 事件の方はどうなんだ? 解決ができそうなのか?」
「まかせてください」
 先ほどより険しさの抜けた表情の鹿島に、釈迦は頷いてみせた。そしておもむろに口を開き推理の展開を開始した。
「では今回の事件において起こった『謎』とも言うべき事柄について検証したいと思います。まずは『なぜ現場に火を放たれたか』について検証しましょう」
「それは、簡単なことだろう。火を放って証拠の隠滅を測ろうとしたのだろう?」
 釈迦の言葉を受けて鹿島は自らの意見を口にした。
「もちろん、証拠隠滅を行うため。これはあったでしょう。ではこの場合における証拠とは一体なんでしょうか?」
「果物ナイフに付いた指紋かな?」
 吉良がいうと釈迦は「それはあるでしょうね」と軽く答えた。
「それ以外には何かあると思いますか? 皆さん」
 関係者の方を向き釈迦は質問した。
「あ! 相崎さんは写真を恐喝の材料にされていたんじゃあ……」
 魚沼の言葉に相崎はビクッと身体をすくめるとすぐさま反論の体勢に出た。
「わ、私だけじゃないでしょう! それは稲田さんにだって……」
 突然矛先が変わったことに気付くと慌てて稲田も口を開く。
「それを言うなら魚沼さんだって! あのコレクションの中に何かあったんじゃないですか!?」
 口々にお互いの動機の指摘を始めたところに釈迦が間に入った。
「それらも確かに動機から来る証拠なのかもしれません。しかしここで証拠隠滅を行うにはおかしな事があることにお気づきになりませんか?」
 釈迦の言葉に皆は閉口し、首を傾げた。
「では再度お聞きします。証拠物件があるであろう皆さんは『どこにその証拠物件があったか』ご存じでしたか?」
 その言葉を聞いて一同はかぶりを振り「知らない」と答えた。
「皆さんは証拠物件の位置を『知らなかった』。なのにあの現場、つまり『離れ全体に灯油を放って焼かなかったのは不自然』ではありませんか?」
 その言葉を聞いて食堂にいる全員が「あっ!」と漏らした。
「し、しかし、証拠物を持ち去れば全体を焼かなくて済むんじゃ!?」
 今度は吉良が疑問を口にした。
「それは考えがたいことです。もし証拠物を持ち帰っても捜査中に発見されてしまってはマズイはずです。それならいっそ証拠物ごと焼き捨てる方がリスクは低くなる」
「あ! それじゃあ犯人は指紋を消すために火を放ったと考える方が自然なわけですね!?」
 それを聞いて江川が意見を口にした。
「いえ、それも違います。いいですか? 今回は死体に直接火を放ったわけではありません。本来証拠の隠蔽をしたいのであれば、確実に証拠が消え去る方が良いわけです。しかし、犯人はあえて証拠の残っている果物ナイフのある周囲に灯油を撒いたのではなくスロープから灯油を流し、火を放っています。これは何を意味するか……?」
 一同がまた首を傾げて唸っているところに魚沼が何か閃いたのか口を開いた。
「もしかして……犯人は証拠隠滅のために火を放ったわけではなかった?」
「その通りです。結果的に指紋が焼失したため隠蔽はなされたワケですが、実際はそうではなかったんです」
「じゃあ、一体なんだっていうんだ!?」
 釈迦の言葉に反応するように鹿島は答の要求をした。
「それは被害者の状況を考えれば解るはずです。被害者はどのようにして死亡したのか」
「被害者は確か、ナイフで一突きされたものの即死はせずに、しばらくは生きていたんだ……。そうか! 犯人は被害者にとどめを刺すために火を放ったんだ!」
 吉良はヒントを基に軽く推理をしてみせる。
「そうです。犯人は逃げられた被害者に『とどめを刺すため』に火を放ったのです」

     3
 一同は犯人が火を放った理由を聞き、得心顔で頷いていた。
「火を放った理由の謎は解った。だが、それが解ったところで、犯人は絞れるのか?」
「ええ。犯人は火を放ったのは『被害者にとどめを刺すため』と言いましたが、次の疑問はでは何故犯人は被害者を追いかけて果物ナイフでとどめを刺さなかったのでしょう?」
「そ、それは……」
 鹿島はまた閉口してしまった。
「簡単なことです。犯人はとどめを刺しに行かなかったのではなく『とどめを刺せなかった』のです」
「なるほどぉ。つまりこの中で唯一とどめを刺せなかった人物は『先端恐怖症』だった! つまり犯人は……」
 鹿島の声に全員の視線が魚沼に集中した。
「ちょっと待ってくれ! 俺はやってないよ!」
「警部、犯人は魚沼さんではありません」
「ほら、こうやって犯人じゃないと……何!?」
 鹿島は自分の耳を疑うように釈迦の方を振り返った。
「いいですか、警部? 現に犯人はもう『果物ナイフを使用している』んですよ?」
「そ、それは……。殺人決行の極限状態だから使えたんじゃないか? しかし、もう一度追いかけたときにはさすがに何度も抜いて刺す気にまではなれなかったとか……」
「仮に警部の今の理論を受け入れたとします。それでも犯人は魚沼さんではあり得ません」
「何だと!? ど、どうして!?」
「あの現場にはもう一つ凶器になりうる『大理石の灰皿』もありました。もし魚沼さんが犯人であるなら『大理石の灰皿』を使って撲殺する。つまりとどめを刺すことはできたはずなんです。つまり『彼にはとどめを刺せたからこそ犯人ではない』という結果が導かれるわけです」
 この推理に鹿島はこぼれ落ちそうなくらいに目を開いた。
「つまり、犯人は魚沼さんではありません」
「やった! 容疑者から1抜けですね!?」
 魚沼ははしゃぐようにして言葉を発した。
「じゃ、じゃあ! みんなとどめを刺せるんじゃないか!?」
「いいえ。とどめを刺せなかった人物はいます。警部、被害者はどこで死亡していましたか?」
「ち、地下室だが……」
 鹿島の呟きを聞いて吉良は突然声を上げた。
「あ! 犯人は『地下室に入ることができなかった』んだ! だからとどめを刺せなかった!」
「そうです。犯人は『地下室に入ることができなかった』のです」

     4

「あの……」
 控えめな声で江川が会話の中に入っていった。
「それじゃあ稲田さんは犯人じゃないような気がするんですけど……」
「そういえば稲田は地下室に入ることができる! なら、彼は犯人ではないだろう!」
「いいでしょう。では犯人候補から稲田さんを省いて検証していくことにしましょう」
 江川と鹿島の意見を受け容れるようにして先を続けた。
「ではあの現場に立ち入ることができなかった人物は一体誰でしょうか?」
「私をかばっていただいたようだから言うわけじゃないんですけど、江川さんも地下室には入れたんじゃないですかね?」
 稲田は釈迦の質問に真っ先に答えて見せた。
「ええ。入ることは可能だったでしょう。あそこは階段ではなくスロープでした。それに犯人は火を放っています。もし彼女が仮に犯人だとするならば、足のケガにより火に巻かれる危険性もある。その点を考えても彼女がリスクの高いこの方法を用いたとは考えられません。よって彼女も犯人ではありません」
「私は犯人じゃないんですね!? ……ということは」
 江川の言葉で全員の視線はある人物に集中した。
「違う! お、俺はやってない! 俺は犯人じゃない!」
「相崎。お前は確か『虫嫌い』だったなぁ? あの部屋にはお前の嫌いな物が飾られていた! ならあそこに足を踏み入れることはできないじゃないか!」
 凄い剣幕で鹿島は相崎に詰め寄った。
「彼は部屋に入れたでしょう。いいですか、警部? 先ほど警部自身が『殺人決行の極限状態』と言われましたね? 彼にとってみれば『嫌いな虫を見ること』と『被害者に逃げられて外部に連絡を取られること』どちらが危機的なことかは一目瞭然ですね?」
「し、しかし……」
「それに彼は『でもたまにそこから標本を持ち出してくるんです』と言っています。彼はただただ標本を見るのが嫌なだけで、それによって特別なリスクを背負うわけではないんです。何ならば被害者を追いかけて標本に背を向ければいいだけの話です。よって彼も部屋に入ることができたため、彼は犯人ではありません」
 釈迦の推理を聞くと相崎も安堵のため息を付いた。
「あれ? ちょっと待ってくれ。君の推理だと犯人がいなくなるんじゃあ……」
「証言の限り犯人はいなくなりましたね」
 淡々とした口調で釈迦が言うのを聞いて鹿島は顔を赤くして口を開いた。
「お、おい! 犯人がいなくなっただと!?」
「警部、待って下さい。私は『証言の限り』と言いました」
「ど、どういうことだ!?」
「私は皆さんが『証言されたことだけ』を基に今まで推理を展開してきました。しかしまだ『明るみになっていない事実』もあるのです」
「明るみになっていない事実ぅ!?」
「そうです。ではここからは証言ではなく、起こった事象に基づいて推理をしたいと思います。まず一つ。洋館の電話線が切られていた理由について」
 鹿島を冷静にいなすと釈迦は新たな推理を展開した。
「それはあれだろう! 外部に連絡を取られて、犯人の名前でも伝えられるとマズイからじゃあ……」
「その通りです。犯人にとってそれだけはどうしても避けたかった。被害者にとどめを刺す前に電話をされるとマズイと思った犯人は、地下室に入ることができなかったため洋館側の電話線を切り、電話を使えなくしたのです。ここで一つのことが解りますね?」
「今度は何だ!?」
「犯人は被害者の生死を確認していないんです。ということはです。犯人は被害者がどのようになっているか確認できなかったということなんです」
「……あ、頭がおかしくなりそうだ。君は一体何が言いたいんだ!?」
「犯人は生死の確認ができなかった。実際はこの時点で被害者が息絶えていたわけですが、犯人にはその事が解らなかったんです。だからこそ電話線を切っておく必要があったんです」
 鹿島は頭を両手で掻きむしるようになった。全く理解できないでいる横から吉良が口を挟んだ。
「そうだ! あの時、現場とスロープは電気が消えたままだったんだ! 『その状況で確認できなかったからこそ犯人はスロープから灯油を流して火を放った』んだ!」
「ええ。では、なぜ犯人は死体を確認しなかったのでしょうか? 現場やスロープの電気をつければ確認など簡単にできるはずなのに、それをしなかったのは?」
「解ってきたぞ……。犯人は確認しなかったんじゃない。『確認できなかった』んだ! つまり『スロープの電気や部屋の電気をつけることができなかった』んだ!」
 釈迦の反応を伺うように吉良は推理を口にした。それに釈迦は頷いてみせた。
「では事件の起こった状況の確認に入りましょう」
 一呼吸置くと釈迦は口を開いた
「犯人と被害者は離れの一階部で何かしらのもめ事を起こしたのでしょうか。犯人は被害者が背を向けたときに果物ナイフで一突きする。しかし被害者は一撃では死なず、犯人を突き飛ばすかして地下に逃げようとした。その時に犯人は慌てて被害者を追いかけようとするが、被害者がスロープの壁にもたれかかりながら地下室へ移動したため、スロープの電気を消されてしまう。これは故意だったのかそうでなかったのかは解りませんが。そのせいで犯人は被害者の生死の確認ができなくなり、洋館の電話線を切り、そして灯油を持ち出しスロープから火を放った」
 食堂にいるメンバーは釈迦の状況確認を食い入るように聞いていた。
「これが犯行時に起こったできごとです。そして今まで解き明かしてきた『推理の結果』から一つの事実を浮かび上がらせましょう」

 ・1つ目『犯人は被害者の生死の確認ができなかった』
 ・2つ目『それは犯人が電気をつけることができなかったからである』
 ・3つ目『なぜなら地下室及びスロープに入れなかったからである』

「以上の3点から犯人は『暗所となる部分に入ることができなかった人物』であるといえます」
「そんな人物がいるのか?」
「警部! 黙って聞きましょうよ! 釈迦さん、続けてください」
 釈迦は吉良に促されると続けた。
「ではこの事実といくつかの推理結果を合わせていきたいと思います」

 ・1『犯人は暗所となる部分に入ることができなかった』
 ・2『そのために犯人は逃げられた被害者にとどめを刺せなかった』
 ・3『被害者にとどめを刺すためとして灯油をスロープから流し火を放った』

「以上のことにより導き出される犯人は一人しかいません」
 食堂内は緊張と静寂に飲まれた。そこに釈迦は一つの結論を響き渡らせた。
「……犯人は、稲田成次さんあなたです!」

     5

「……どうして私が犯人なんですか? 先ほどは犯人から除外されたじゃないですか」
 稲田は心外だと言わんばかりに反論した。
「あなたが犯人でないというのは『皆の勘違い』からくる推理の結果です。あなた自身が口にしていない『事実』がそこにはあるのです」
「釈迦さん、事実って何なんだい?」
 吉良は『事実』という言葉に反応し疑問を口にした。
「皆さんに思い出していただきたいことがあります。ここに訪れるまでに起こった出来事で、彼に起こった悲劇を」
 一同は伏せ目がちになりながら記憶の糸をたどっているようだった。その糸の先にたどり着いたのか相崎が口を開いた。
「そういえば……トンネル内で彼は呼吸困難になったな。持病のゼンソクのせいで……」
「相崎さん。それが『皆が起こした勘違い』なんですよ」
「え!?」
 釈迦の言葉に相崎だけでなく魚沼と江川も反応した。
「その時、彼自身が自らの口で『ゼンソクだ』と言ってはいないのです。そう判断したのは江川さんなのです」
「あ! そういえば私、煙でむせ返ってるんだと思ってゼンソクだって……」
「この事実と『もう一つの事象』により、彼は『ゼンソク以外の理由で呼吸困難に陥った』と判断できます」
 江川が思い出したことと『もう一つの事象』の先の推理を聞くために一同はまた静寂を保った。
「その『もう一つの事象』とは事件の起きた朝の出来事です。相崎さん、あなたが稲田さんの部屋に入ったとき、稲田さんはどのような行動をとりましたか?」
「……え? た、確か私が火事のことを告げたときに起きあがって、テーブルにあったメガネを掛けてから……」
 そこで相崎は目を丸くして釈迦の方へ向き直った。
「続けてください」
「そうだ! メガネを掛けた後にナイトスタンドの電気を消してから部屋を出ていったんだ!」
「……それが一体なんだって」
 相崎の言葉を聞いて鹿島は訝しげな表情をした。
「いや、彼の部屋は電気が消えてたんですよ! だから」
「だから何なんだね!?」
 もどかしいといった様子で鹿島は相崎に詰め寄った。
「お気づきになりませんか、警部? 相崎さんの証言にある不自然さを」
「わかったぞ! 彼は、稲田さんは暗所がダメな人だったんだ!」
 鹿島の代わりとでも言わんばかりに吉良が答えてみせた。
「その通りです。この事象によりトンネル内で起こったことはゼンソクによる物ではなく『暗所におけるパニック状態から呼吸困難に陥った』事からきていたのです。その時は煙が車内に充満して『真っ暗になっていた』そうですし、何より稲田さんが座っていた位置は窓にスモークまで貼られていたようですから」
「ちょ、ちょっと待て! たまたま電気をつけたまま寝てしまっただけかもしれないじゃないか!?」
「警部、それはあり得ません。仮にうたた寝だった場合、稲田さんはメガネを掛けたまま寝ているはずなんです。しかし稲田さんは『メガネを外して寝ていた』。つまり彼は万全の体勢で眠りについていたということになります」
 推理を聞いていた一同は稲田から少し離れたように感じた。そして稲田本人は頭を抱えるようにして俯いている。
「彼は被害者の大藤大作に逃げられた際に危機を感じたはずです。追いかけてとどめを刺そうにも、そこにはリスクの詰まった闇が大口を開けていたのですから」
「……最後の最後まで手を妬かせる作家だったよ。本当に地下室に逃げられたときはどうしようかと思った」
 重く閉ざしていた口を稲田は開き始めた。
「あの夜、突きつけられた条件をもう一度撤回してもらいたくて話に行ったんだ。そうしたら珍しくあの男は1階部にいたんだ。理由は江川さんが来るのを待ってたからだそうだ」
「……わ、私を?」
 突然挙げられた名前に江川は驚いた表情を見せた。
「君のようなタイプは仕事に責任を感じて自分の要求を飲むものだと思ったそうだ。本当に見下げた男さ」
 江川の方を向きながら稲田は語った。
「俺の撤回話をやつは『目の前で覚醒剤をやってくれれば水に流してやる』なんて言いやがったんだ! 『現実にはどうなるか資料として見せてくれるなら』と!」
 稲田の告白に全員が重い空気に飲まれていた。また怒りが湧き起こってきたのか稲田は口調を変えずに続けた。
「自分の事だ、腸は煮えくりかえったが怒りを抑えようと必死だった。そんな時にあいつはこう言ったんだ。『君よりもずっと簡単にあの江川という女は条件を飲むだろうがね。何なら呼んでみたっていいんだ』とね!」
 声を震わせながらの告白に誰も口を開くことはできなかった。
「……その瞬間、目の前が真っ白になってね。気が付いたらあいつの背中に果物ナイフを突き立てていたんだ。そこで慌てて離れたときにあの男に突き飛ばされてね……。それ以降はあなたが推理したとおりだよ」
 沈んだ表情を見せながら釈迦の方へ向いて稲田は言った。
「私への冒涜はいくらでも耐えられたんだ……。でも、君のような人に対して冒涜することだけは許せなかったんだ……」
 そこまで言うと稲田はうなだれるようにして口を閉じた。
「稲田さん。あなたは殺人という罪を犯しました。人の気持ちを背負い込むことは優しさかもしれません。しかし、その気持ちを憎しみや怒りに変えてはいけなかった。今あなたの気持ちからは憎しみや怒りは消えたはずです。その清らかな気持ちで罪を償ってください」
 稲田は釈迦のその言葉を聞くと手のひらで顔を覆いしっかりと頷いてみせた。
「……稲田成次、殺人容疑で署までご同行願おうか」
 鹿島は稲田の肩に手を置くと立ち上がった稲田を連行しようとした時だった。
「稲田さん! 俺、絶対に面会に行くからな!」
「罪を償ったら、連絡してくれよ! その時は宴会の席を設けるから!」
「私も、面会に行きますから! 絶対に行きますから!」
 全員の声を背に受けると稲田は振り返りはしなかったが立ち止まり、大きく一礼して食堂を後にした。

      6
「本当にありがとう! 釈迦さん」
「どういたしまして。でもこれも仕事のうちだからね」
 吉良の言葉に軽い笑顔で返してみせる。
「あ、あのさ。お礼と言っちゃなんだけど、しょ、食事にでも……」
「それはダメ。だって今回は私がお礼を返すために手伝ったんだもの。食事をおごってもらうとまた借りを作ることになっちゃうから」
「そ、そうだよね……。借りを返してくれたんだよね……」
「そ。家のそばで捨てられてた子猫を引き取ってくれたお礼。ちゃんと返したからね。じゃあ、プロファイリングチームの方を放ったらかしにして来ちゃったから、帰るね」
 クールな口調を解きほぐしながら釈迦は吉良に手を振ると急いで駆けていった。
「……はぁ、猫のミィちゃんに少しだけ感謝だな」
 吉良はボソッと呟くと乗ってきたパトカーの方へゆっくりと歩を進めた。


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