2005年 2月11日 5:30
うるさく鳴るサイレン音に目を覚まして魚沼は部屋から顔を出した。
しばらくすると相崎も同じく隣の部屋から顔を出していた。
「何事でしょうかね? ちょっと様子を見てきましょうか?」
魚沼の言葉を受けて相崎は「……はぁ」と寝ぼけた顔で頷いた。
魚沼が階段を下りていったところでサイレン音はやんだ。しばらく待っていると階段からもの凄い勢いで魚沼が駆け上がってきた。
息を切らせながら口をパクパクさせている魚沼に相崎は近づいていった。
「あ……は……離れが! ……離れから、火が! か、か、火事です!」
要領を得ないといった表情で相崎は聞いていたがしばらくして目を大きく開いた。事態を把握したのである。
「……で、その、消防の人が、ここにいる人を……下に呼んでくれって! わ、私はもう一度下へ行きますから! お願いします!」
そう言い残すと魚沼はまた階段へ向けて走り出した。
相崎はその様子を見て頭の中を整理すると、すぐ隣の部屋の稲田を起こしにかかった。
ノックも忘れてドアノブを捻ると電気を付けて稲田が横になっているベッドに駆け寄った。
「お、起きてください! 稲田さん! 隣の……は、離れで火事だそうです!」
何度か声を掛けると稲田は薄く目を開けた。起きたことを確認するともう一度同じ事を相崎はくり返した。
「……え!? 火事!? 離れが!?」
「はい……。今消防の人も来てるらしくて、魚沼さんが下に行ってます! 私は江川さんの部屋に行きますから、急いで下へ行ってください!」
稲田はその言葉を聞くと「わかりました!」と一言だけ漏らすと、ベッド脇に置いてあった眼鏡をかけて付けたままのナイトスタンドを消して部屋を飛び出していった。
それを見てすぐに相崎は江川の部屋、隣へと向かった。
少し落ち着きが出たのか今度はドアを何度もノックする。
しばらくしてドアのすき間から明かりが漏れると『何ですか?』とドア越しに声が聞こえてきたので相崎はかいつまんで説明をした。
「ほ、本当ですか!?」
ドアを勢いよく開けながら江川が相崎に問いただした。
「はいどうやら……。魚沼さんと稲田さんは下に行きました。江川さんも用意ができ次第すぐに来て下さい!」
「わ、わかりました。すぐにいきますから」
「お願いします」
伝え終わると江川はドアを閉めたので、それを確認し相崎は階段へ向けて駆けだした。
5
同年 同日 7:30
「鹿島警部、お疲れさまです!」
茶色のコートに身を包んだ小柄な男が敬礼をしながら恰幅のいい黒コートの鹿島を出迎えた。
「朝から面倒なことだな。それに何だ、火事場から死体があがったって?」
「はぁ。消防の話では消火の際に何でも死体を発見したとのことで通報があったんですが、何でも死体の背中にはナイフが刺さっていたようでして……」
「ナイフ? どういうことだ?」
「どうやら死体はですね、ナイフで殺害された後に火を放たれたようなんです」
メモのページを繰りながら茶コートの男は鹿島に説明をした。
「にしても、こっちはそれほど燃えていないんだな。奥の方が燃えていたのか?」
説明を聞いているのかいないのか、離れの一階部分の内装を眺めながら質問をした。
「火元はどうもあそこのスロープ辺りだそうです。どうもスロープから灯油を流し込んでそこに火を放ったようだと。火元付近にコレが落ちていたそうです」
そう言うと透明の袋に入った黒こげの物体を鹿島に手渡した。
「……マッチか、これは?」
「そのようです。恐らくあそこ、あのガラステーブルの所にあるマッチを使用したのだろうということです」
そう言われると鹿島はガラステーブルに近づきマッチ箱を手にとって眺めた。そしてマッチ箱を置くとガラステーブル下に落ちている三角の物体を拾い上げた。
「これは……果物ナイフの鞘の部分か」
「どうやら凶器のナイフの鞘のようです」
「あそこの、スロープ手前に見えるのは血痕だな」
鹿島は絨毯とスロープのちょうど中間点にあった染みを指さして刑事の方を向く。
「はい。どうやらここで刺されたようです。で、被害者がスロープを下っていって地下の部屋で絶命したのだろうということです」
「ってことは即死じゃなかったんだな?」
「ナイフが刺さっていたのはちょうど肺の部分だそうで、それにより肺に穴が開いてしまった。で、しばらくは動けたようで、そのままスロープの方へ逃れたはいいが地下部屋にたどり着いたときに呼吸困難となり絶命したんだろうということなんです」
一気にまくし立てると茶コートの刑事は大きく息を吸い込んで一息ついた。それを無視するかのように地下の方へ鹿島は足を進めた。慌てるようにして茶コートの刑事も後を追う。
地下へ到着すると鹿島は死体の所に近づき、そばにいた鑑識員に声を掛けた。
「何か、手がかりになりそうな物は見つかりましたか?」
「いやぁ、見てくださいよ。このガイシャに刺さったナイフ。柄の部分が焼け落ちて指紋が採れそうにないんですよ」
鑑識員は残念そうな表情を浮かべて鹿島に説明した。
「警部、それからですね、これは消防員の証言なんですが、到着したときはこの部屋とスロープに電気はついてなかったそうです」
「ほう。興味深いな」
「あそこ見ていただけますか?」
刑事がスロープの方を指さすと鹿島は地下入り口に近づいた。
「このスイッチ見てもらえますか。ここに煤でわかりにくいですけど血痕がついてるんです」
「……これか。なるほど、一階から壁にもたれるようにして下りてきたガイシャがそのままスイッチを押してしまったということだな?」
「そうです! で、そのまま倒れてしまい部屋の中央付近まで来て絶命したんでしょう。部屋は元から電気がついてなかったんでしょうね」
「じゃあ整理するとだな。一階で刺されたガイシャは息のあるうちにスロープの壁にもたれかかりながらこの部屋に到着して絶命した。そして犯人はスロープから灯油を流し、マッチで火を放ったというわけだな?」
「そういうことでしょうね」
それだけいうと鹿島はもう一度死体に歩み寄り観察をはじめた。
「おい、吉良君」
鹿島は茶コートの刑事を呼び寄せた。
「はい、何でしょう?」
「ガイシャにはナイフが刺さったままだな。特別一階側で大量の血痕があったわけでもない。ということはだ、犯人は一度もナイフを抜いていないということか?」
「あ、そうです! 言い忘れてましたが、ガイシャはナイフで一突きしかされていないようなんです」
吉良の言葉に鹿島は首を捻った。
「おかしくないか? って事はだ、犯人は逃げていくガイシャにとどめをささずに見ていただけということか!?」
「……そう、なりますかね?」
「それにまだ疑問がある。絶命したのを見届けて何故犯人は火を放ったりしたんだ!?」
「それは、あれじゃないですか? 証拠を隠滅するために火を放ったんでは? 現に凶器の果物ナイフからは指紋が検出できなかったわけですし」
唸るように喉を鳴らしながら鹿島は頭をかきむしった。犯人の行動が全く読めずにイライラしてきたのである。
「それじゃあ、別のことだ。ここらで不審な人物を目撃したというような情報はなかったのか?」
「……その事なんですが、どうやら犯人はあの館にいた4人に絞られるようなんですよ」
「な、なに!? 何故それを先に言わないんだ!?」
「い、いや、警部が次から次へいくもんで、タイミングを逃してしまいまして……」
吉良が言い終わる前に鹿島は頭をはたき飛ばした。
「私の言葉を遮ってでもそういうことは先に言え!」
理不尽な怒られ方をして少しむくれながら吉良は「すみません」と呟くように言った。
「まぁいい。それで、何故犯人は洋館の人間に限られるんだ?」
殴られた部分をさすりながら吉良は口を開いた。
「凶器がこの離れの果物ナイフなわけです。ということは計画犯ではなくて突発的な犯行によるものですよね?」
「ふむ」
「そしてですね、ここに撒かれた灯油は洋館にあったものだそうで、騒ぎがあった朝、洋館には鍵がかかっていたようなんです」
「つまりは灯油を使おうにも外部犯だとすれば使えなかったというわけか」
「そうです。そして計画犯なら凶器と灯油くらい用意するでしょうから、凶器にここの果物ナイフを使うというのもおかしいわけです」
「なるほど……」
「つまりはあの洋館にいた4人以外の犯行は考えられないということです」
吉良が得意げに言う脇から鑑識員が口を挟んできた。
「そういえば鹿島さん、洋館側の電話線が切られてたのはお聞きになりましたか?」
「いや、そんなことは……」
鹿島が言葉を切りながら吉良を睨みつけた。吉良はバツ悪そうに手帳を取り出すと急いでページを繰りだした。
「はい、警部! ここの離れと洋館を繋ぐ内線電話のコードが切られていました! なお、内線電話は離れと洋館に一つずつしかないそうです!」
「内線電話が? じゃあ別に外線電話があるのか?」
「いえ、それなんですが、内線電話と外線電話は一体型なんですよ。だから別にもう一つ外線電話があるわけではないです」
「じゃあ電話線を絶たれれば外部との連絡は取れなくなる訳か。……ん? じゃあどうして火災現場に消防がやってきたんだ!?」
また警部の頭はこんがらがってきていた。しかしそれをすぐに解決するべく、吉良はすぐさま答えてみせた。
「洋館や離れから連絡されたのではないようですね。たまたま車で近くを通りかかった人が携帯電話で通報してきたとのことです。今は消防の方に事情を聞かれているんじゃないですかね?」
「なるほど。しかしわりかし山奥のこんな所でも携帯は繋がるものなのか」
感心しながら鹿島はポケットから携帯を出すと「ん?」とまた声を上げた。
「おい、吉良君。『圏外』になってるじゃないか」
「あ、たぶんあれですよ。離れはコンクリートの打ちっぱなし建造物でしょ? だから電波の入りが悪いんじゃないですかね?」
鹿島は頷きながら携帯をポケットに閉まった。
「……頭が痛くなるような事件だな。色々探らなきゃいけないことが多そうだ……」
鹿島は呟くと頭をかきむしりながら事件現場を後にした。
3
簡単な調書。
・被害者とされている死体は歯形の一致からノンフィクション作家の『大藤大作』に間違いはない。
・被害者の『大藤大作』は離れにあった果物ナイフで肺を刺され、しばらく後に絶命。
・絶命後に何者かの手によって離れに火を放たれた。
・使用された果物ナイフ、マッチ、灯油は全て洋館、及び離れにあった物に違いない。
・犯行に計画性は見られず、突発的な犯行である。
・容疑者の氏名・性別・職業。
『相崎達之(アイザキタツユキ)』(男)……出版会社、K談社に勤務。
『稲田成次(イナダセイジ)』 (男)……出版会社、S朝社に勤務。
『魚沼祐助(ウオヌマユウスケ)』(男)……出版会社、S英社に勤務。
『江川沙絵(エガワサエ)』 (女)……出版会社、K川社に勤務。
『大藤大作』を殺害した犯人は誰か?
ここまでの問題編の中に犯人を特定するための情報、また謎を解く鍵は隠されています。
すなわち犯人はこの問題編に登場した出版会社勤務の4名の中に必ずいます。
基本的なルール
・表示された時刻は日本標準時である
・登場人物の氏名、職業の表記に嘘はない
・犯行は単独犯の手による物で、共犯者はいない
以上のことをふまえた上で下記投稿フォームに
1,犯人の名前
2,犯人特定のプロセス
をお考え下さい。