「遅せぇよ、お前」
「すみません、タクシーが道に迷って」
神谷のマンション前にあるコンビニで真鍋は待っていた。
手にはコーンポタージュ。
「もう2本飲んじまったよ」
言い終わると缶の底を叩いてゴミ箱へ投函している。
「あの、犯人逮捕って……」
「神谷みずえを逮捕するんだよ」
「でもいないじゃないですか?」
お決まりと言わんばかりに頭を叩かれる。
「バ〜カ。これから神谷の所に行くんだろうが。だから手錠も持ってこいって言ってるんだよ」
「あぁ……」
頷いて手錠を見せると、コンビニの店員がこちらをじっと見ている。
「バカ、バカ! しまえよ! お前これから逮捕に行くんだよ!? 神谷が見てて、ね? 逃げられたらどうすんの!?」
「あ、すみません!」
私は急いでカバンに手錠をしまいなおすと、再びコンビニの店員に目を向けるが、やはりじっとこちらを見ている。
「ほらみろ……おい行くぞ」
「あ、はい……」
慌てながら真鍋の背を追い、マンションへと急いだ。
*
マンションでエレベーターを待っていると思いも寄らない人物が現れた。
こちらが反応するよりも早く「あ!」と言うと疑心の目でこちらを見ながら近寄ってくる。
「塚本さん!? どうしてこちらへ」
「あなた達こそ、どうして……」
塚本も意外だと言わんばかりに声を出している。
「へぇ、都合がいいな。塚本さんも立ち会いますか?」
「た、立ち会うって。何にですか?」
疑問口調の塚本に答えるでもなくエレベータに向き真鍋はニヤけている。
小さく『チン』という音を立ててドアが開くと無言のままにエレベータに乗り込んでいる。
何を考えているのか解らないままではあるが、私も同じようにエレベーターに乗り込んだ。
2
昨晩と同じように真鍋はインターホンを連打すると、ドアが勢いよく開き「誰ですか!」と神谷が現れた。
神谷は昨晩と違い女性的なラインがしっかりと出るような、それでもいやらしさを感じさせないスーツ姿だった。
「またあなた達……あ、塚本さん」
「私もどうして彼らがいるのか解らないのですが、神谷さんが呼んだんじゃないんですか?」
「いぇ、俺は呼ばれてませんよ。こちらから用があったから来たまでですよ」
ポケットに手を突っ込みながらぶっきらぼうに真鍋が答えると「また後で来ていただけませんか?」と神谷は愛想笑いで続けた。
「残念ながらそれはできないねぇ。こちらを優先してもらわないとね」
「事情聴取とか、そんなものは任意でしょ? 断る権利だってあるはずだわ!」
「いやぁ、断れないですし、任意でもない。強制だ」
「どうして!」
「あんたを逮捕しに来たからね」
真鍋の一言で時が止まったように辺りは静まりかえった。
「……ちょ、ちょっと。どういうことなんですか??」
沈黙を破ったのは塚本だった。
「聞いたとおりですよ。逮捕しに来たんです、葉山九三郎殺しの犯人としてね」
「か、彼女は先生を殺せないじゃないか! アリバイだって、私が証明しているわけだし!」
「あんなものはアリバイでも何でもない。ただの子供だましだ」
不敵な笑みを浮かべながら真鍋は塚本の言葉を止めてしまう。
「論より証拠だ。柴谷、俺の携帯に電話をかけてみろ」
何の打ち合わせもなく突然私に話を振ってくる。
「時間も言えよ」
「あ、はい。時間は12:30です。ではかけます」
携帯を操作して真鍋の番号を探し出し発信した。
程なくして軽快な着信音が鳴ってくる。
確かこの曲は……。
私が曲を思い出そうとしているところで着信音は途切れた。
「これが今、柴谷から掛かってきた着信履歴だ。時間は12:30間違いないよな?」
全員に着信画面を見せると私と塚本は頷いた。
「じゃあもう一度電話をかけろ。ただし、合図してからだ」
真鍋は携帯の操作を少しすると「かけろ」とだけ一言。
私は指示に従い、再度電話を掛けなおした。
先ほどと同じ曲がかかってくる。
もう喉元まで出てるいる曲名を飲み込まされるように、また着信音は止まった。
「さぁ、今度はどうだ?」
「私が発信したのは1分過ぎただけだから、私の発信履歴では12:31ですね」
私の言葉を聞き終えると、真鍋は再び皆に液晶画面を向けた。
しかしそこには私が申告した時間とはほど遠い……というよりもあり得るはずのない時間が表示されている。
「ど、どういうことですか!? 着信時間が『11:00』って!?」
真鍋が持っている液晶には『11:00』と表示されている。
私の名前と共に並んだその時刻は最新着信履歴として表示されている。
「簡単なことだ。携帯の時刻設定をいじれば、設定した時間で着信も発信もされる」
「と言うことは、携帯の設定を変えた状態であらかじめ自分の携帯電話に着信させたって言うことですか?」
私がかいつまんで説明すると指をさしながら真鍋は頷いた。
「葉山が殺された時間は21:20ではなくそれ以前だ。その時間のアリバイがこの場合だと重要になる。塚本には仕事でのアリバイがあったが、その時あんたは……」
「ちょっと待ちなさいよ! 私が時間の設定を変えた証拠があるの!? 私はただ本当に先生からの着信を受けたに過ぎないわ!」
「往生際が悪いねぇ、あんたも。今見たろ、俺の着信がおかしく表示されたのが。本来の着信時間ではない物が着信履歴に出ているんだ」
「それがどうしたって……」
「彼氏である井上正樹の履歴を消したのはそのためだろう? 『21:20』の着信の後に『21:20』以前の着信が入ったから消したんだろう?」
真鍋が言葉を遮るように言うと神谷は口ごもっていた。
しかし体勢を立て直すように再び口を開き始めた。
「あれは昨日も言ったように彼氏と喧嘩中だったから消しただけ! それ以上でもそれ以外でもないわ!」
「喧嘩をしてたから?」
「ええ」
「仲が悪くて?」
「ええ」
「鬱陶しかったから?」
「ええ!」
「母親からの着信も消した?」
真鍋の質問に答えていた神谷は突然口を止めてしまった。
コートの内ポケットを探り、真鍋は紙を一枚取り出した。
「あんたの母親から許可をもらってね。電話の履歴を確認させてもらいましたよ。ここを見れるか? 昨日の発信履歴だ、21:20分。電話番号は……」
そこまで言うと真鍋は何も言わずに笑っている。
「塚本さん、葉山から電話があったとされる『21:20』に彼女は2度電話をとりましたか?」
「……いえ、彼女が電話をとったのは一度だけでした」
「じゃあ、あんたはいつ、どこで、母親からの電話をとったんだろうねぇ? 簡単なことだよな? 母親を騙して電話をかけるように仕向けたんだろう?」
神谷は唇を噛んだまま俯いている。
「真鍋さん、あのお母さんも共犯って言うことですか?」
「いや、電話をかけるようにだけ言ったんだろうな。あの母親はシロだ」
タバコに火をつけて煙を吐いている真鍋の脇で塚本が困惑顔になっている。
「神谷さん、あなたが本当に……?」
「あの男がいけなかったのよ……」
塚本に答えるように神谷はゆっくり口を開き始めた。
3
「私の作品をずっと盗作し続けていたわ。自分の名前で発表するだけで、決して私の名前なんて出すことはなかった」
苦々しい表情のまま神谷は告白を続けた。
「でもそれには耐えられなかったわ。自分の作品が日の目を見ることができないなんて許されると思う? 私はあの日に直談判に行ったわ」
「先生にですか?」
「……ええ。私の名前での発表をさせてくださいと。でも叶わなかった。あの男はこう言ったの『君には華がない。私の名前で発表された方が作品のためだ』と。そんな欺瞞に満ちた発言が許せなかった。だから私は……」
「葉山さんを殺害されたんですか?」
私の言葉に頷くと神谷は口を閉ざした。
ところが……。
「演技の上手い、女だねぇ」
真鍋が笑いながら突然話し出した。
「あ、あんた! 神谷さんが嘘をついてるとでも言いたいのか!?」
「盗作されたのは事実かも知れないけどな。頭にカッときて突発的に殺したなんて大嘘だな」
真鍋の言葉に怒りを覚えたのか塚本が真鍋の胸ぐらを掴みだした。
その手をあっさり捻ると塚本は唸りながらタップをしている。
「この女が自分の作品が日の目を見ないから、怒りが悲しみを越えて殺人に至った? 茶番もいいところだ」
「ま、真鍋さん。どうしてそんな事が……」
真鍋は塚本の手を離すとポケットから別の用紙を取り出した。
「これは、あの現場にあった原稿の表紙の鑑定結果だ。俺が現場で掴んだ物だが、指紋が出てきている。俺の指紋と神谷の指紋だ」
「当然じゃないか。彼女の作品なんだから彼女の指紋があるし、おたくが現場で掴んだんだから指紋が出てくる。何の問題があるんだ!」
「大ありだろう。葉山の指紋がないんだからな」
「あ……」
本来あるはずの指紋が検出されていないのは確かにおかしかった。
「普通、原稿をデスクの上に出しておくのに表紙を触らずに積み上げることができるかい? 盗作していたんなら尚更だ。原稿を触っているはずだろう。
葉山が触っていない原稿が、どうしてあの場所にあるんだ?」
「そ、それは……」
「この女が自分で置いたからだろう。じゃあ何故置いたんだ? 殺した葉山を発見したときに同時に『見つけて欲しかったから』置いたんだろう?」
神谷は一言も発しないまま真鍋を睨みつけている。
「はなから用意してたものを現場に持って行ってるんだ。突発的な犯行ではあり得ないはずだ」
「で、でも。神谷さんどうして……」
懇願するかのように塚本が尋ねるが、神谷は否定も肯定もせず、何も答える姿勢も見せなかった。
「この女は葉山を殺し、スキャンダルになるのを狙った。葉山が殺されたことはニュースで流れるだろう。それに合わせて盗作であることが解れば、人々は自分の作品に大いに注目する。それを狙ったんだろう?」
私は思いだした。
昨晩、神谷は言っていたのだ。
『私は何があっても絶対に負けない自信があるんだから』
普通に逮捕したとしても、自分は悲劇のヒロインとして作品が注目を浴びる。
だからこそ例え逮捕されても自分の本当の勝利は揺るがないと思っていたのだ。
彼女は不完全犯罪を演じていたのだ。
「自分の作品を売り込む『手段』のために『目的』を選ばないんだからな。携帯のトリックなんて、機能さえ解れば誰でも解ってしまうもんだ。警察がそれを調べないはずはない。
俺達の逮捕という『目的』を利用しようとしてたんだろう。塚本さん、あんたもまんまとこの女に利用されてたんだよ」
膝をついてうなだれる塚本に真鍋は告げた。
小さく何度も「そんな……」と塚本は呟いている。
「柴谷、逮捕だ。っとその前に、塚本さん。この女に用事があったんだろう? 先に済ませてもらってもいいですよ」
「……ぃぇ。結構です」
小さな声で塚本が答えた。
おそらく、彼女が盗作されていたと言うことで『神谷みずえ』としての作品出版の話でもしようとしたのだろう。
「柴谷、手錠」
「はい……」
カバンから取り出し神谷の両手に錠を下ろすと、神谷は突然笑い出した。
「負けないつもりだったんだけどね。出版までできそうにないなんて。残念だわ」
これが本来の姿なのだろう。
悪びれる様子もなく神谷は笑っている。
「塚本くん。もうちょっと早くあなたに話しておくべきだったわね。仕事の合間に来てもらって悪いけど、使えなかったわ」
その言葉で塚本は床を叩きながらうずくまってしまった。
「塚本さ……」
「そっとしておいてやれ。さて、あとはこの女の化けの皮が何枚剥がれるかだ」
真鍋は神谷の腕を掴むと歩き出した。
真鍋はこうなることが解っていたのだろうか?
だからこそ悪態をつくようにしていたのだろうか?
私には疑問しか残らなかった。