神の視点 〜問題編2〜

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 2008年 2月14日 16:15

 今回のイベント事件はすぐにマスコミ各所に伝わっていた。
 その為もあってか桜木の事務所にはひっきりなしに取材の電話が鳴り響いていた。
 日比谷は全てのマスコミに対して「今は気持ちの整理がついていないので取材は受けかねる」として断りを入れた。
 しかし一つの取材には応えざるを得なかった。
 正確に言えば取材ではなかった。
「今回は大変な事件が起こったようで、その事についてお伺いしたいのですが」
「今は気持ちの整理がついていないので取材はお断りしているんですよ」
「それは賄賂をどうしたものかという気持ちの整理ですか?」
 電話を受けた日比谷はビクっと反応した。
「その点も含めてお伺いしたいなと思いまして。もちろんメインは賄賂についてですが。いかがですか?」
「……わかりました」
「ご理解いただけて嬉しいですね。場所はそうですね、駅前の灰場ホテルに私は宿泊しておりますのでそこまで来ていただけますか?」
「……わかりました」
「ではお待ちしておりますよ」
 電話を置くと日比谷はそのまましばらく動けなくなっていた。
「どうしたの?」
「鬼山から受け取った賄賂の事がバレたらしい」
「え!? ど、どういうこと!?」
「詳しくは解らない。だが今電話をかけてきたやつが賄賂の事をチラつかせてきた」
「そ、そんな……」
「話し合いをしてくる。恐らく恐喝の類だろう……。何心配する事はない。その場で大元を回収できるように話はつけてくる」
「でも、もしできなかったら……」
「大丈夫だ。本当に恐喝なのかどうか決まったわけではないし。とりあえずこれから行ってくる。君はどんな電話がかかってこようが全て無視し続けるんだ、いいね?」
「ええ、わかったわ……」
「じゃあ行ってくるよ」
 日比谷は桜木の返答を聞かずそのまま事務所から灰場ホテルへと向かった。
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 2008年 2月14日 17:00

 タクシーを捕まえ事務所から30分以上かかって駅前の灰場ホテルに到着した。
 日比谷は指定された一室のドアをノックした。
 できるだけ人目につかないようにフロント脇にある非常階段を駆け上がりながらだったため少し息が上がっている。
「どちらさまですか?」
 ドア越しに声が聞こえてきたので「桜木の件です」と短く伝えると硬質な鍵を開ける音が聞こえてドアが開いた。
「お待ちしておりましたよ。ご本人さんは一緒じゃないのですか」
「ああ、連れて来てはいない。それより早く中へ入れてくれ」
「そうですね、人目につくとお困りでしょう。どうぞ」
 化粧ッ気の薄い顔を晒した女は笑みを漏らしながら日比谷を部屋へと招きいれた。
 室内はビジネスホテルの簡素な作りだったが、そこかしこに散らかる衣服がホテルらしさを失わせていた。
「どうぞおかけください」
 椅子を勧められ腰を下ろすと女も対面に座りタバコに火をつけた。
「私はこういう者です。以後お見知りおきを」
 汚く端が折れ曲がった名刺を差し出し女は煙を吐いた。
 名刺には轟舞子と書かれていた。
「いやぁ、今回は大変な事になりましたね」
 迎え入れた時と同じようなこびりついた笑みを漏らして轟は言った。
「おかしなファンに絡まれたとかで、桜木先生もさぞお疲れでしょう?」
「轟さん、あなたが聞きたいことはそんなことですか?」
「そんな焦らなくてもいいじゃないですか。取材をさせて欲しいと伝えたでしょう」
「本人の気が動転しているのでその話はお断りさせていただいてると電話でも申し上げたでしょう」
「そうでしたかね」
 あえて焦らすように轟はとぼけて見せている。
「できれば話を手短にして事務所に戻りたいので、あなたの本題に入っていただきたい」
「ははは。まぁいいでしょう。で、これなんですがね見て頂けますか」
 轟が懐から写真を数枚取り出しガラステーブルの上に投げ出した。
 そこには鬼山と日比谷、桜木が密会しているところが写し出されていた。
 そして決定的な賄賂受け取りの場面もしっかりと写っている。
「不用意ですよねぇ、人目につきそうな場所でこんなやり取りしてるなんて」
「…………」
「で、この写真ですが買い取っていただきたくてね」
「いくらだ」
「そうですねぇ……500万でどうですか?」
「500万!?」
「安いもんでしょう? 売れっ子作家さんならすぐに出せる金額でしょう」
「急に言われてもそれだけの額が用意できるわけないだろう」
「そうですか? あなたたちにすれば、はした金じゃないですか。知ってますよ? 昨年の納税額だって並み居る作家を押さえていたじゃないですか」
「……解った。払おう。だがすぐには無理だ、今は話し合いできてるだけだ。持ち合わせてはいない」
「まぁ、そうでしょうね。じゃあ猶予は3日間でどうです? それくらいあれば十分でしょう」
「わかった。だが大元ごと用意してもらってだぞ」
「それはもちろんですよ。私もそこまで悪どい事はしたくないですから」
 強請をしてるだけでも悪どいとは思っていない口ぶりで轟はニヤついた。
「3日後にまたこちらまでお越しください。その時にはしっかり大元もご用意させていただきますよ」
「用意ができ次第また連絡する」
「まぁ、こちらも忙しい身でしてね。3日後にこちらから連絡を入れさせていただきますよ」
「来客があるときなどに電話があってはこちらも困るんだ。こちらから連絡をさせてもらえないか」
「……まぁいいでしょう。3日後に連絡をいただけるようお願いします」
「わかった。それじゃあこれで失礼する」
 日比谷が席を立った時に電子音が鳴った。
 轟の携帯だろう。
「出ないんですか?」
「まぁこんな仕事柄、人には聞かれたく内容もありますからね。お引取りいただけます?」
 轟は軽い口調で言いながらも目には凄みを宿していた。
 気圧されるように日比谷は「失礼」とだけこぼして部屋を出た。
 ドアを閉めると日比谷は趣味悪くドアに耳を張り付かせた。
 電子音が消え、僅かながらに轟の声が聞こえた。
「そうですか、決心がおつきになりましたか。ええ、ではお待ちしておりますよ」
 どうやら自分達以外にも強請をしているのだろう。
「厄介なヤツに引っかかったな……」
 日比谷は一言呟くとその場を後にした。

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 2008年 2月14日 17:45

 事務所に戻りドアを開けると飛び込んできたのは桜木の怯えたような姿だった。
「何だ……驚かせないでよ。それでどうだったの?」
 日比谷は黙って持ち帰ってきた写真を桜木に手渡した。
「こ、これって……」
「ああ。相手は強請のプロだろう。500万円用意しろと言ってきたよ」
「そ、そんな……」
「3日後に手渡すことになっている。それだけで済めば良いんだが……」
「み、3日!? そんなのすぐじゃない!」
「金はすぐに用意できる。ただその後も要求される恐れだってある」
「どうしてよ、ネガとか大元をそのまま交換すれば……」
「今はデータをPCなんかで管理できる。そうなればコピーだとかされていると手が打てない」
「じゃ、じゃあ今後もずっと強請られ続けるってことじゃない……」
 桜木はその場にへたりこみ両手で顔を覆った。
「そうならないような方法がないか……」
「……そうよ、あの鬼山ってのを利用すれば良いじゃない」
「販促企画を出してきた鬼山?」
「今後も強請られ続けるなら折半で彼にも金を用意してもらうのよ。そうすれば……」
「一時的に金銭面は楽になるだろうが、それでも今後500万を継続的に要求するとは限らないだろう。調子に乗せれば金額を釣り上げられる可能性だってある」
「でも鬼山だって写真に押さえられてるんだから協力せざるを得ないでしょ!?」
「リスクが高すぎる……。今の強請りの状況を他の者に知られるのはより事態の悪化を招くだけだ」
 口惜しそうに伝えるとその場には沈黙だけが漂った。
 実際は日比谷にはやりようが一つだけはあった。
 だがその方法はどんな方法よりもリスクが高い。
「……あと3日か」

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 2008年 2月14日 17:50

「あれ、もうこんな時間じゃない」
「もうこんな時間か。予約してた店まで間に合うかな?」
「打ち上げのお店よね」
「ああ。キャンセルが利かなかったからなぁ」
「駅前のお店よね?」
 ここからだと軽く20分はかかってしまうだろう。
「連絡入れておいたほうがよさそうだな」
「そうね」
 風祭も同調したのを確認して鬼山は携帯を取り出した。
「もしもし」
「本日は本当に申し訳ございませんでした。鬼山です。少しそちらへの到着が遅れそうなんですが」
「どれくらいになりますか?」
 店員の声は若干曇り気味になっている。
「20分ほどで着くと思いますので」
 目の前に相手がいないのに鬼山は頭を下げてから通話を終えた。
「打ち上げ会場に二人だけってのもイベント以上に想定外だ」
 鬼山が呟くとそれを聞いたのか風祭は噴き出した。
「ホントね。今日はハプニングだらけね」
「はぁ……これ以上ハプニングが起きないで欲しいもんだな。それじゃ少し急ぎ目でいこう」
 鬼山の声に頷き風祭も小走りになりながら予約していた居酒屋へと向かった。

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 2008年 2月14日 18:00

 控えめなノック音が聞こえてきた。
「どなたです?」
 問いかけた声に反応してきた声を確認し、ドアの鍵を開けた。
「お待ちしてましたよ。例の物はお持ちいただけましたか?」
 相手はカバンから封筒を取り出し中のものを見せてきた。
「さすがですね。どうぞこちらへ」
 相手を招きいれ封筒を懐にしまいこんだ。
「お茶でもいかがですか?」
 手を前に出し交換物を要求してくる。
「そんなに慌てなくても約束のものはお渡しいたしますよ。気持ちはわからないではないですけどね」
 こみ上げる笑い声を喉元で抑えながら、相手が欲する物をカバンから取り出した。
「どうぞ」
 データをコピーしたロムを手渡してやると怪訝な顔をして問い詰めてくる。
「いやぁ、私も本当は渡したかったんですけどね。なにぶん生活が苦しくてね。もう少しだけお付き合いいただければなと」
「話が違う」
「急な出来事っていうのはあるもんでしょう? 次こそ本当にマスターをお渡しいたしますよ」
 相手が震えている。
 怒りがこみ上げているのだろう。
「私を脅してマスターを要求したって無駄ですよ。マスターをこの場には持ち合わせていませんしね。それに……」
 そこまで話していると携帯の電子音が鳴り響いた。
「失礼」
 話を切り、轟は背を向けて電話に出た。
「すみませんが今は立て込んでるので、また電話をこちらからさせていただきます。いえ、来られてもお話しすることは今はありません。失礼しますよ」
 電話を一方的に切り、電源も切ることにした。
「すみませんね、急な電話で。それで次回なんですが……」
 相手を振り返るようにして言おうとした時だった。
 突然呼吸が苦しくなってしまう。
「ぅぐぅ……」
 もがきながらクビに手を当てると恐ろしい勢いで何かが頸部に食い込んでくる。
 必死で引き剥がそうとするが呼吸の苦しさもあり食い込んでくる勢いを拒みきれない。
 徐々に意識が薄れて眼前が明滅し始める。
 目は見開いているはずなのに風景が歪み視界が消えていってしまう。
 こ、こんな……。

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 2008年 2月15日 11:20

 予定していたチェックアウトの時間もとうに過ぎ、客室に電話を入れたが全く反応がなかった。
 そのままとんずらをこかれたのではないかと、急いで客室に向かった。
「轟様、轟様!」
 ドアをノックするが返事がない。
 ホテルマンとしての一抹の不安を感じながらマスターキーでドアを開けた。
「失礼します。轟さ……」
 そこで言葉を失ってしまった。
 散らかった部屋の中に一人の女性が倒れている。
 それどころか僅かながら異臭が漂っている。
 恐る恐る女に近寄ってみると顔が赤黒く変色し目を見開いて倒れていた。
「う、う、う、うわー!?」
 ホテルマンの声は静まり返ったフロア全体に響き渡った。

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 2008年 2月15日 12:30

「お疲れ様です、遠藤警部」
「おう……うわ、臭うな……」
 遠藤は蓄えたヒゲをさすりつつ、眉根を寄せながらホテルの一室に足を踏み入れた。
 倒れた女の下に近寄ると異臭の元が解った。
「絞殺か……最悪だなこりゃ」
「嫌ですよね……首絞まってると色んなものが垂れ流されますからね」
「まったくだ……で、この女は?」
「え〜、被害者の名前は轟舞子。先日からこちらのホテルを予約してたみたいですが、チェックアウト時間になっても出てこないのでホテルマンがおかしいと思って部屋を開けて発見したそうです」
「ほう。それでホテルマンはどこにいる?」
「彼です」
 遠藤に紹介されるとホテルマンは会釈をした。
 顔が青ざめたままになっている。
「あなたが発見されたとのことですが、最後に彼女が生きてる姿を見たのはいつです?」
「た、た、確か昨日の18時20分過ぎだったと思います」
「それ以降は彼女の姿は見ていないと?」
「は、はい……。あ、正確に言うと姿を見たわけではないんですが」
「どういうことですかな?」
「17時50分頃だったと思うんですが、ルームサービスを頼まれまして。それで18時20分過ぎ頃にこちらにお持ちしたんですけれども、ドア越しにやはりいらないと言われまして」
「キャンセルされたと?」
「はい……体調が悪かったんだろうと思いますけれども、電話とは少し違った……寝起きのような声でしたから」
「という事はそれ以降に殺害された可能性があるというわけか。どうも」
 遠藤はホテルマンに一礼すると、再び室内の検証に入った。
「さっきのホテルマンの証言だが、どうだ。死亡推定時刻は」
「死亡推定時刻は昨日の18時〜18時30分ですからほぼ一致しますね」
「なるほど。それで部屋がやたらと荒れてるようだが?」
「物取りの犯行にも思えるんですが……轟の自宅の鍵だとかがなくなってるみたいですね」
「金目のものは?」
「金品には手がつけられていません。ただおかしなものも残ってまして」
 遠藤は刑事から手渡されたのは数枚の写真だった。
 どれも男性2名と女性が1名写っている写真である。
「警部知りませんか? こっちの女性」
「いや、知らないな」
「いま売れっ子の作家ですよ! 桜木圭っていう!」
「そんな売れっ子の作家の写真がどうしてこんな所に転がってるんだ? それにどう見たって隠し撮りされてる様子じゃないか」
「記者か何かですかね? ほらスクープ写真みたいな」
「スクープねぇ……。ってことは他にも色んなスクープを押さえてたかも知れないってことか」
「そういうので殺害した……って事はないですかね?」
「動機には十分なりうるな」
「あと携帯なんですけど、全ての履歴が消されてるんですよ。発信着信履歴が」
「なに!?」
「ただメモリーはまだ残ってるんですよ。おそらく犯人が消したんじゃないかと思うんですが」
「自分のメモリーを消しても電話番号は履歴に残るから全消去したってわけか」
「だと思います」
「……とりあえず自宅とこの桜木先生にも当たってみるしかなさそうだな」
 遠藤は写真の桜木が写っているところを指で弾いて見せた。

     14

 2008年 2月15日 20:00

 遠藤は全ての調べる事ができた資料を整理しながら頭をかいていた。
 轟舞子の職業……と言っても職業と呼べるものではないが、強請りをしていたという事が判明した。
 いわば犯罪者の一人である。
 轟の自宅には各界の著名人や芸能人の切り抜きなどが散乱していたが、犯人特定の材料に繋がりうるだろうPCが破壊されていた。
 恐らくデータが入っていたのだろう。
 破壊されたPCからデータの復旧ができないほどにされていたので犯人に繋がる材料はそこで途絶えてしまった。
 ただ廃れたアパートに暮らしているにもかかわらず1千万単位の預け入れがされた銀行口座が多数見つかっていた。
 おそらく強請りは一度に数百万単位の金を動かすほどの内容で、桜木圭もその毒牙にかかっていたのではないかと考えられる。
 自宅でデータ管理をし、そして場所を移動しながらビジネスホテルを拠点として活動していたのだろう。
 有名なホテルなどであると著名人や芸能人は足を運びにくくなってしまう。
 それを回避するためにビジネスホテルなどを利用していたところはしたたかなプロの動きだとは思える。
 しかし捜査をする側からすれば厄介な話以外の何ものでもない。
 訪れたであろうビジネスホテルを各所周り、しかも目撃証言も取らなければならない。
 強請られている者からすれば顔を晒さないのではっきり言って目撃証言も確証を取れるほどのものではなかった。
 データを抹消されるとなると強請られていた者が名乗り出ない限り、特定するものもなくなってしまう。
 お手上げであった。
 それが数日後に解き明かされるなどこのときは思いもしていなかった……。

     X

 2008年 2月16日 X時

 全ての真相は語り明かされた。



 かまいたちの挑戦状

 轟舞子を殺害した犯人は誰なのか?
 犯人を特定するヒントは問題編に全て提示されています。
 ルールとして犯人は単独犯。
 時間は日本標準時を使用しています。
 問題編に出てくる登場人物の職業や性別に偽りはありません。
 以上のことをふまえた上で
  ・犯人の名前
  ・そう思うに至った推理のプロセス
 この2点を踏まえたうえで投稿をお願いします。
 投稿は締め切らせていただきました。

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