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ミステリーは語られる 〜解決編〜

     1

「事件の真相に必要なものは何かをまずは考えなきゃいけないわけよね」
「そりゃ、どんな事件であってもそうだろう」
 甚五郎は腕組姿勢を崩さずに応える。
 こと事件の真相を知っている甚五郎からすれば早く答えろという態度を見せている。
「もう、情緒も何もないんだから」
 事件に情緒を求める方がどうかしてる。
 これからはあまり自分の関わった事件のことは話さないでおこうと、甚五郎は思うが口にはしない。
「それで必要なものってのは何だ?」
 問いかけてやると、由紀は薄く笑みを浮かべる。
 これが情緒なのだろう。
「事件の不自然な点を正すことじゃないかしら?」
 自信満々の顔で答える由紀に対し「ほう」と軽く声を甚五郎は漏らした。
「どこか不自然な点があったか?」
「まずは盗まれた絵画のことよ」
「絵画ね……」
「盗まれたのは絵画だけじゃないっていうことが不自然なのよ」
「ん? 他に何か盗んだ話なんてしたか?」
 甚五郎の問いに由紀はため息を一つつく。
「あのね、自分で話して忘れないでよ。絵画だけじゃなくて額縁まで持っていかれてるじゃない」
「あ、なんだその事か」
 自分がおかしな事を話し伝えたのかと思って焦ってしまった。
「レブンナントの絵画は重い額に入っていたはずよ。それを額縁ごと盗むなんておかしいわよ。絵画だけがほしいのであれば、額縁を取り外せばいいのに犯人はそうはしなかったのよ。いえ、厳密に言えば『額縁を取り外せなかった』のよ」
 再び自信あふれる笑みを見せる由紀に甚五郎は頷いて見せた。
「つまり犯人を特定する条件として『額縁のはずし方を知らなかった人物』ということが挙げられるわ」
 人差し指を突き立てて名探偵よろしくのポーズをとってみせる。
 お遊戯じみて滑稽だったが、由紀本人はいたって真面目な顔のままなので笑いを殺すため咳を一つしてごまかした。
「それじゃあ犯人はかなり絞られるって言うことだな」
「まずは楢崎宗治氏本人ではありえないって事。そして額縁を開ける際に現場にいた人物も犯人ではないわ」
「ほう、それで?」
「これだけじゃ犯人は特定できないのよ。もう一つの不自然なことを正さなきゃ」
「もう一つの不自然なことってのは何だ?」
「何をとぼけてるのよ。お父さんの話自体が不自然じゃない」
 甚五郎は自分の顔を鏡で見たいと思った。
 真相を追われる犯人の顔と自分の顔は一致しているのかどうか確認したかったのだ。
「お父さんは嘘はつかなかったけど、騙そうとはしたわよ。それが不自然だって言ってるの」
「ほ、ほう。嘘はつかないけど騙すとはまた、謎かけじみてるな」
 腕を組んだまま方をすくめてみたが、これは鏡では見たくはなかった。
 自分の姿を見て吹き出してしまう事は必至だったからだ。
 例に漏れることなく由紀も吹き出している。
「なに変なポーズを取ってるのよ。でもこれで確信できたわ。やっぱりお父さんは私を騙そうとしてたのよ」
 あまり「騙す」と言われ続けると腹が立ってくるので先を進めるよう由紀に促した。
「先に答えだけ言えば、守口祐馬さんは額縁の開け方を知らなかったのよ」

     2

「順を追っていくわね。お父さんは話を『第一日目』と『第二日目』のパート分けで行ったわ。そこがミソだったのよ。『第一日目」と言われれば『誰もが同じ日に同じ場所にいた』と錯覚してしまうものね」
 不適な笑みを浮かべながら由紀は続けた。
「でもお父さんは嘘をついたわけではなかった。お父さんが語ったのは『招待された人物が感じる第一日目、第二日目』という意味で語ってたんだから。違う?」
「何故そう思ったんだ?」
「それぞれの人が到着した時の状況を追っていけばわかるわ。まず守口さんが到着した第一日目は『ぬかるんだ道』で『朝日』の挿す時間だった。そして出迎えた楢崎氏は『パジャマ姿』で『寝起きの顔だった』のよ。要約すれば『雨上がりの朝に守口さんは到着した』っていうこと。ここまで間違いはないわね?」
 由紀の問いかけに甚五郎は黙って頷いてみせる。
「ありがとう。そして柘植さんが到着した第一日目は『砂埃の上がる道を一番に到着』している。続けて谷町さんは『日差しが強く遠くに雨雲が見えるときに到着』している。谷町さんが2番目に到着したのは屋敷に柘植さんがいたことからも解るわ。そして絵画を見に行った後に雨が降り出しているの。ここで大きく考えても、守口さんは雨が降ってから到着した事が解るわ。現に絵画を見に行っている時に守口さんは存在していないもの。つまり守口さんは柘植さん、谷町さんが到着した時間にはまだきていなかったという事よ」
 理路整然と語っていくさまはそれなりに推理小説の探偵のように見えてくるから不思議であった。
「そうなると到着していた車に着目しなきゃいけないわ。守口さんが到着した時に屋敷にあった車は『2台』だけ。柘植さんが到着した時は『楢崎夫妻の車が1台』だけ。谷町さんが到着した時は『川の字を書くように自分の車を停めた』わけだから『2台』だけ。
 時間軸に沿って並べ替えると――
 柘植さん到着時――楢崎夫妻の車のみ
 谷町さん到着時――楢崎夫妻の車と柘植さんの車の2台
 守口さん到着時――車が2台
 ほら、不自然でしょ?
 守口さんがいる時には車は3台ないとダメなの。それなのに2台しかない。じゃあ車はどこへ行ったのか?」
「そりゃ誰かが車を使ったんだろうな」
「その通り。では誰が車を使用したのか? この車を『使用していた人物』こそが犯人なのよ。これで犯人を特定する条件がそろったわ」
 由紀は再びグーにした手を前に突き出し条件を提示する。
「一つは『額縁の開け方を知らなかった人物』。そしてもう一つは『車を使用していた人物』。この2つよ」
 勝利の雰囲気漂うピースサインを出して由紀は嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「まず車を使用していた人物として外すことができる人物が一人だけいるわ。到着時に車が2台しかないことを確認している守口さんよ」
「ほう。でもそれじゃおかしくなるんじゃないか? お前はさっき、額縁の開け方を知らないのは守口だと言わなかったか?」
 甚五郎は起こりえる最大の矛盾を突いてやったが、由紀は手のひらを前へ押し出し甚五郎の言葉をさえぎった。
「そもそも守口さんには犯行は不可能よ。鍵の閉まった屋敷に忍び込むことすらできないし、どれが今回披露される絵画か知らないんだもの。彼には犯行が不可能なの。犯人は他にいるわ」
「守口が犯人じゃないとしたら、犯人は誰なんだ?」
「一人だけいるじゃない。今回披露されるべき新しい絵画を知っているにも関わらず『額縁に触れたこともないから開け方を知らない人物』が」
 よくある名探偵の溜めどころを演出している。
 ひとしきり溜め終わると由紀はゆっくり口を開いた。
「楢崎氏の奥さん。楢崎登美子よ」

     3

「彼女は作品に一切触れさせてもらえなかったのよ。手入れは全て楢崎氏が行うから額縁の開け方も知らないはずよ。彼女自身も言ってた通りにね。
 そして車のことだってそうよ。雨が降る前に彼女は屋敷を出ている。そして守口さんが到着する時にはぬかるみに轍ができていた。彼女は雨が降っている時か雨上がりに屋敷に戻り、車を再び出したのよ。だからこそ轍が1つだけ残ってしまったの。
 さらに言えば戸締りをされた屋敷に入ることができるのは屋敷を利用し鍵を持っている人物でなければいけないの。彼女はその条件にも当てはまるわ。
 どうかしら。当たってる?」
 自信があるはずなのに叱られた子供のように上目で見ながら由紀は甚五郎に問いかける。
 組んでいた腕をほどき、甚五郎は頭をかいて「当たってるよ」と答えてやった。
「ほら! 私にかかればどんな事件だってイチコロなのよ!」
 不安が飛び去った後は自信満々の顔で胸をそらせて偉ぶっている。
「どうだ、少しは楽しめたか?」
「そうね〜。ちょっと物足りなかったけど、まぁ楽しかったわよ」
「そりゃよかった」
 言葉とは裏腹に満足そうな顔をしているので甚五郎は安堵の息をついた。
「あ、そろそろ時間だわ。ちょっと出かけてくるわね」
「何だ、どこかへ出かけるのか?」
 余韻に浸ってくれるような素振りがないため、少し不満げに甚五郎は聞いた。
「健太郎とお買い物よ。大丈夫よ、今日は帰ってくるから」
「ん、そうか。ん!?」
「じゃあ行ってきま〜す」
 甚五郎の異変に気づいた由紀はそそくさと家を出て行った。
「今日はってどういうことだ……」
 余計な謎を残されたまま甚五郎は居間にポツンと座っているだけだった。

     4

 由紀の誕生日に甚五郎は喫茶店にいた。
 ウェイトレスにホットコーヒーを頼むと意外そうな顔をされてしまう。
「暑い日に飲んで悪いかね?」とは喉元で止めてお絞りで顔を拭いた。
 ホットコーヒーが届くと同時くらいに「お待たせしました」と男の声が聞こえる。
「やぁ、座りたまえ」
 向かいの席に座るよう促してやると「失礼します」と一礼して周防健太郎は腰をかけた。
「まずはお礼を言わなければいけないな。助かったよ」
「いや、そんなお気になさらないでください」
 恐縮した様子で手を振りながら周防は応えた。
「あれだけの分量を覚えるのは苦労したがね、なにぶん慣れてないからな、ああいった類の話は」
 周防の緊張を解くように甚五郎は笑ってみせた。
「由紀も喜んでましたよ。『私にかかればあんなの簡単よ』なんて言ってましたけどね」
 苦笑を浮かべながら周防が言う。
「親の心子知らずってところだな。『健太郎くんが考えた話』だとも知らずにな」
 甚五郎は一ヶ月ほど前に周防に相談していた。
 娘の由紀に送る誕生日プレゼントをどうしたものかと。
 本来相談するべきものではないのだろうが、悔しいかな娘のことは彼氏に聞くほうが知っていると踏んだ上での行動だった。
 相談してみると「お義父さんの仕事に興味があるようなことを言ってましたから、その辺で考えましょうか」と周防が教えてくれた。
 自分の仕事に興味を持ってくれていることを知ったことが一番の収穫であったのだが、嬉しさのあまり自分が関わった事件の話をするわけにもいかない。
 そう話すと一肌脱いでくれるということで、周防は今回のミステリーを考えてくれた。
 全てを任せるのも申し訳なかったので、周防と二人で色々と話を作り上げていった。
 由紀に話した時に伝えた『初めて手がけた事件』というのも嘘ではないのだ。
 ミステリーなんて物を自分で考えてみることなど初めてだったからだ。
 とはいえ、殆どが周防の力によるところだったのだが……。
「何にせよ助かったよ。ありがとう……と言いたいのだが」
 甚五郎はお礼以外にもあった目的を果たそうとしていた。
「今日は、その、由紀と会うのかね?」
「……あ、はい。誕生日の祝いをしようかと思っていますが」
「それで、その、だな。何時までその、由紀を拘束するのかね?」
 言ってて「しまった」と感じてしまう。
 拘束などとは表現としておかしすぎるからだ。
「あ、そのことなんですが。今日はお義父さんのお宅に伺おうと思ってまして」
「そうか。そりゃよかった」
 甚五郎は微笑みながら「うんうん」と頷いていたが瞬間、顔をこわばらせて首の動きを止めた。
 我が家に来る?
 まさか……。
「な、ならんぞ! まだそこまで認めたわけではないからな!」
「え!?」
 周防は意外そうな顔をして声を喉から発している。
「君は確かに誠実で好青年だ。だがまだ早い。こちらにも心の準備がいる。また日を改めてくれ」
「え、あの。でも日を改めると……」
「何だ? そんなに急ぐことか? 君はもっと落ち着きのある男だと思っていたがな。すまんが私は失礼する」
「あ、あの。お義父さん!?」
 伝票をテーブルからもぎ取り、周防の声を無視して会計を済ませた。
 憤慨した気持ちをかろうじて抑えながら家に着くと、冷蔵庫から冷やした緑茶をとりだし一気に飲み干した。
 冷蔵庫を閉じると片手をついてうなだれていた。
 自分の娘の行く末がいきなり迫ったことに対する恐怖と悲しさがこみ上げてきたのだ。
 感傷に浸るまもなく電話が鳴り出した。
 便利なようで不便なのが電話だ。
 空気を読むことなく現実へと引き戻してくる。
 甚五郎は現実への糸口をつかむと落ち込んだ声で「もしもし」と声を出した。
『どうしたの、お父さん? 元気がないじゃない』
 そこには由紀の心配したような声が聞こえてくる。
「由紀か……」
『それよりどういうこと? 健太郎から電話があって、今日はウチに来ちゃダメだって』
「当たり前だろう……」
『何よ! せっかくお父さんも交えて誕生日祝いをしてくれるって言ってたのに!! じゃあいいわよ、今日は健太郎と出かけるから!!』
「……ああ、そうしなさい」
 声を弱くしながら受話器を置いて、甚五郎は本当の現実へと戻った。
「お、おい! どういうことだ!? もしもし! も、もし……」
 電子音だけが甚五郎の元に届いてくる。
 置いた後の受話器を握ったところで意味もないがずっと耳に押し当てている。
「け、結婚を申し込むんじゃなかったのか……」
『ツー……ツー……』
 呆然と立ち尽くす甚五郎を慰めるように電子音だけが居間に流れ続けていた。


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