html>
私は言葉を失ってしまった。
皆で再び絵画を見る前に私は作品が展示されている部屋にやってきていた。
天窓から朝日が差し込んでおり、薄暗がりの部屋には静かにたたずむ作品たちがあった。
ただ壁の一点を除いて。
レブンナントの作品が額縁もろとも姿を消していたのである。
私は慌てて部屋を飛び出し声を上げた。
「レブンナントの絵画がなくなっている!」
私の声に弾かれたように食堂から皆が飛び出してきた。
「何だって!?」
「どういうことですか!?」
「え、絵がなくなった!?」
口々に状況が把握できないように声を発している。
「飾ってあったレブンナントが壁からなくなっているんだ!」
私の言葉を聞くと飛ぶように谷町は展示室へ向かう。
谷町に続くように私、柘植、守口と廊下を駆けた。
「ほ、本当だ……無くなってる」
一足先にたどり着いた谷町が呆然とした表情で突っ立っている。
「ど、泥棒ですか?」
守口は後ろから部屋を覗き込むようにしながら質問をしてくる。
「か、絵画が盗まれたっていうことか!?」
柘植が慌てふためいた様子で私の顔を覗き込んでくる。
泥棒?
本当にそうなのだろうか?
「ちょっと確認したいことがあります。ここで待っててもらえますか?」
「ど、どうしたんですか!?」
谷町の言葉を背に聞き、私は脱兎のごとく駆け出した。
この屋敷にある、窓、裏口を確認しに行く。
すべてを確認してみたが、鍵はかかっている。
泥棒なんてどこからも入ってくる余地はない。
考えたくはないが、皆の中に絵画を盗んだ者がいるに違いない。
私は警察へ通報し、重い足取りで皆の待つ展示室へと戻った。
『谷町友康』
警察がやってきて私たちは事情聴取を受けた。
どうも私たちの中に犯人がいると睨んでいるらしい。
「元はあなたの絵画だったそうですが?」
冬馬と名乗る刑事が私に疑いの目を向けて聞いてくる。
「はい」とだけ短く答えてやった。
動機が一番強いとでも言いたいのだろう。
手放したくはない絵画を手放す羽目になり、手元へ取り戻すために盗んだと……。
そんな事をするくらいなら私はレブンナントの絵画を死んでも手放さなかっただろう。
「私たちの尋問をするより、早く泥棒とやらを探してくださいよ」
「それは他の者に任せております。ご安心ください」
冬馬は本心ともいえぬ態度で頭を掻きながら返答をしてくる。
本当は探してなどいないのかもしれない。
刑事たちが私たちを疑っているのは理解ができる。
楢崎氏の話だと屋敷には鍵がかかっていて、どこにも侵入した形跡がないということだった。
それ以外にも私たちの中に犯人がいると睨んでいる理由はわかる。
騒がしく警官たちが屋敷の中を探し回っているからだ。
泥棒が持ち出したとは考えていない証拠だ。
果たしてこんな尋問になど意味があるのだろうか?
意味があるのだとしたら、早く絵画を見つけ出してほしい。
私は切にそう願うだけだった。
『柘植久秀』
盗まれた絵画の行方を探しているのかどうか。
冬馬という刑事の聴取を受けていると、それ以上に犯人を探し出そうとしているように感じる。
それも私たちの中から犯人を探し出そうとしている。
「ここには良く来られるそうですね? では屋敷にも詳しいわけですな」
私の顔を覗き込むようにしながら質問を投げかけてくる。
私が犯人だと言い切りたいような雰囲気だ。
「好意で招かれているものでね。それに私と楢崎は学生時代からの付き合いだから、お互いの家へはよく行く。これでいいですか?」
無駄な時間を奪われることほど苦痛なものはない。
こんな事をしている暇があるなら、もっと本気で絵画を探し出してほしい。
皮肉を込めたように私は冬馬に答えてやった。
冬馬が私たちを疑っているのは楢崎の外部からの侵入がなかったという報告を聞いてのことだろう。
という事は、楢崎は私をも疑っているということだろうか?
だからこそ絵画が盗まれた時に、真っ先に外部からの侵入がないかを確認したのだろう。
自らの確認で得た情報で楢崎自身が私たちの中に犯人がいると考えている可能性は高い。
旧友であっても疑われる……。
刑事が続けて何かしら聞いてきていた。
私もそれに対して応えてはいたが、自分では何と応えているかは全く解っていなかった。
早く絵画を奪った犯人と絵画を見つけ出してほしい。
そして旧友の疑いを晴らしてほしい、それだけが私の脳内を支配していた。
『守口祐馬』
私も例に漏れることなく事情聴取を受けた。
聴取はかなり遅れて行われ、殆どが私が到着してから見聞きしたことを応えるだけだった。
食事をしてから楢崎氏が一人で食堂から出たこと。
しばらくして大声を上げて戻ってきたこと。
皆で盗まれたという展示室まで駆けていったこと。
私にしてみれば、慌しく時が過ぎていくようにしか感じられなかった。
「災難でしたな、こんな事件に巻き込まれてしまって」
私に気を遣ってか冬馬という刑事が眉を八の字にさせて言う。
それに軽く頭を下げて応える私。
私より災難なのは楢崎氏本人だろうと思う。
皆に絵画を見せるために招待し、そこで絵画を盗まれてしまったのだから。
いくつか私が聴取に対して応え聴取を終えた。
皆のところへ顔を出すと、皆一様にうな垂れているだけだった。
様々な疑いをかけられたこと。
そして何よりも絵画が盗まれたことに対してショックが大きいのだろう。
ショックの大きさは楢崎氏が一番大きいようだった。
谷町、柘植はまだ安堵の表情らしいものを浮かべ時おり会話をしていたが、楢崎氏だけが静止画のように動かなかった。
私もその列に並ぶように座り、中空を眺めてため息をついた。
2
「とまぁこんなところだ」
話し終えて由紀の顔を見ると「ふ〜ん」とだけ応えて何かしら考えているようだった。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
宙に目をはせたまま由紀は問いかけてきた。
「何だ?」
「絵画って、結局のところ屋敷から見つかったの?」
「いや、絵画は持ち運ばれていたよ。屋敷からは何も出てこなかった」
「ふ〜ん」
本当にこいつは考えているのか?
うわごとの様に生返事ばかりされては張り合いがないというものだ。
「持ち運んだって事は、車を利用したのよね?」
「どうして解った?」
「だって額縁は重かったわけでしょう? だったら歩いてどこかへ運んでいくなんておかしいなって思ったの」
突然鋭い推理を披露する由紀の表情を目を丸くしながら甚五郎は見ていた。
「お父さん」
真っ直ぐに丸くした目を睨むようにして由紀が呼びかけたので、甚五郎は娘に対して「はい」と応えてしまっていた。
「なかなかやるわね。結構面白かったわよ」
「は?」
目をしばたたかせて甚五郎は1オクターブ高い声を発していた。
「犯人がわかったってことよ」
「おいおい、本当か? いつもみたいに強がって間違えるだけじゃないのか?」
挑発をしてみせると、いつものようなムスッとした表情ではなく薄く笑みを浮かべている。
相当な自信があるのだろう。
「私はお父さんの娘よ? 煙に巻こうったってそうはいかないんだもの」
今度は満面の笑みを見せている。
そして由紀はゆっくりと真相を語り始めた。
甚五郎はそれに耳を傾けることにした。
冬馬甚五郎が語った楢崎邸での事件の真相を解き明かしてください。
全てのヒントは問題編で提示されています。
基本的なルール
・登場人物の氏名、職業の表記に嘘はない
・真犯人は単独犯である
以上のことをふまえた上で
1.犯人の名前
2.犯人を特定するにいたった推理のプロセス
3.結果発表時のHNの表示可・表示不可
を推理してください。