密室の謎 〜問題編2〜

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 2005年 4月28日 22:00

 泥のように眠っていた飯村は薄く目を開いた。
 ロッジに戻ってすぐ強烈な眠気が襲ってきたため、そのままベッドに身を投げ込んでいたのである。
 まだ重い体を起こすとゆっくりとドア側の電灯のスイッチをONにした。
 軽い明滅の後部屋には光が漂った。
 その明かりの下、腕時計に目をやるともう22時になっていた。
「こんなに時間が経っていたのか……」
 窓に目をやるがそこには『赤いガラス』がはめ込まれており、外の風景がよくわからなかった。
 窓のロックを外して開けると外には闇が立ちこめていた。
 それを確認して窓を閉めると空腹になっているのに気がついた。
「……そういえば何も食べてなかったな」
 メインロッジに行って何か食べようと即座に思った。
 窓に鍵を掛けるとドアへ向かって歩を進めた。
 しかし途中でおかしな事に気がついた。
 先ほどまで寝ていたベッドにある鍵を取ろうとしたときである。
 ベッドの上にあるのは本来あるべき『赤の鍵』ではなく『青の鍵』だったのである。
 もう一度窓に目を向けるがそこは間違いなく『赤のロッジ』を意味する『赤いガラス』がはめ込まれている。
「ど、どういうことだ!?」
『青の鍵』は晴見が持っているべき物である。それが何故ここにあるのか合点がいかなかった。
「晴見に確認してみるか……」
 不思議な感覚を頭に残したままドアノブを捻るがそこにはまた違和感があった。
 部屋に戻ってすぐに鍵も掛けずに眠ったはずなのにそこはしっかりとロックされていた。
 自分が知らぬ間に鍵を掛けたのか? と思ったがそれはないとかぶりを振った。
 そして慌てて自分の部屋の中を探し回った。
 しかし探しているモノは見つからなかった。
「『赤の鍵』がない……」
 薄気味の悪さが飯村を支配しはじめた。
 その気持ちをうち払うようにドアを開け、急いで晴見のロッジへと向かった。

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 2005年 4月28日 22:15

 ドアから聞こえる激しいノック音で晴見は目を覚ました。
『開けるぞ! 晴見くん!』
 ドアの外から誰かが声を上げている。
 ドアノブを捻る音が何度か聞こえるがなかなか中に入ってこない。
 少しその音がおさまったかと思うと硬質な『ガチャ』という音が聞こえた。鍵が開いた音である。
 その瞬間晴見は恐怖を覚えた。
 自分で掛けた覚えのない鍵が掛かっていたこと。
 そしてその鍵を誰かが開けたこと。
 暗闇の中、ドアが勢いよく開いたとき晴見は叫んだ。
「だ、誰よ!? 一体誰なのよ!?」
 叫んだと同時くらいに部屋に明かりがともった。
 明かりの下にいるのは覚えのある顔。飯村であった。
「晴見くん、いきなり叫んでどうしたんだ!? 何かあったのか!?」
「だ、だって。私、鍵なんて掛けた覚えもないし、それに、どうしてあなたが私のロッジの鍵を開けられるのよ!?」
 起きたてで眠気の残る頭を整理しながら飯村に問う。
「き、君の所もか!? 私の所も掛けた覚えのないはずの鍵が掛けられていたんだ。そして『これ』が僕のベッドにあったんだ」
 飯村が『これ』という物を提示して見せた。それは本来晴見が持っているはずの『青の鍵』だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? どうしてあなたが私の鍵を持っているのよ!?」
 冷静にしようと必死だった頭が再び混乱に変わっていた。
「私にも解らないんだ。でもどういうワケだか私の部屋の鍵がなくなって、君の鍵だけが私のロッジにあったんだ」
 飯村が嘘をついているようには見えなかった。
「だから私は奇妙な胸騒ぎを覚えて君の所へやって来たんだ。私の鍵を君が持っているんじゃないかと思ってね」
「わ、私は知らないわよ!? このロッジに戻ってからすぐに眠くなってベッドに横になったんだから!」
 そう言いながら晴見は自分が『青の鍵』を置いた所へ目を向けた。
 しかしそこにあったのは自分の物でも、飯村の物でもない鍵だった。
「ど、どういう事!? どうしてここに『黄の鍵』があるのよ!?」
 そして次に晴見は窓の方へ目を向けた。
 そこには光に反射する『青のガラス』がはめ込まれた窓があった。
「ここは私の部屋よね……? ど、どうして『黄の鍵』が……」
「『黄の鍵』と言うと、二ノ宮くんの物じゃないのか? それに、私の鍵は一体どこへ行ったんだ!?」
「飯村さんの鍵の場所なんて解らないわよ」
「すまないが、このロッジの中を探してもいいかい? もしかするとここにあるのかもしれない」
「私が取ったって言うの!?」
「そういうワケじゃない。ただ、この異常な状態ではあり得るだろう? 探してもいいかい?」
「……好きにすればいいわ」
 飯村の説明に同調の意を示すと、彼は部屋の中を探しはじめた。
 それから10分ほど探しただろうか。飯村はかぶりを振って晴見の方を見た。
「……ここにもない。一体どこにあるんだ……」
「解ることがいくつかあるわ」
 飯村が鍵を探している時に混乱していた頭を整理していたのである。
「まず一つはここのロッジに鍵を掛けられたのはあなただけと言うこと」
「わ、私は何もやっていない!」
「それは飯村さんがいっているだけで私には本当はどうか解らないわ。いいかしら?」
「……あ、あぁ」
 納得いかないという表情をしながらも飯村は頷いた。
「そしてコレはあくまで想像の範囲よ? 飯村さん自身が『赤の鍵』を持っている。これもさっき言った通り、飯村さんが言ってるだけだから嘘をついているかどうかは私には解らないわ」
「いいだろう」
「最後に一つ。コレは確定よ」
「……私も同じ事を考えているかもしれないな」
「二ノ宮くんの部屋でも何かが起こっているかもしれないこと」
 その言葉に飯村が頷いて見せた。
「じゃあそれを確認しに二ノ宮くんのロッジに向かおうじゃないか」
 今度は飯村の言葉に晴見が頷くと二人は『青のロッジ』を後にした。

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 2005年 4月28日 22:35

 不快なノック音に思い頭を持ち上げるようにして二ノ宮は起きあがった。
「……誰ですか?」
『飯村と晴見くんだ』
 一体何の用なのだろうか? 折り畳まれた携帯電話をパカッと開けると時刻を確認する。
 もう22時半を回っている時刻である。
「鍵なら開いてますからどうぞ」
 そう言いながら二ノ宮は部屋の明かりをつけた。
 ドアノブを捻る音が何度かすると、今度は鍵の開錠音が聞こえた。
「……え?」
 そのおかしな現象に二ノ宮は小さく声を出すと飯村と晴見がロッジの中へ入ってきた。
「やっぱり思った通りだな」
 何のことか解らないが合点いったように飯村は独白した。
「ち、ちょっと待って下さいよ!? あれ!? え!?」
「いい、二ノ宮くん? 落ち着いて話を聞いてくれる?」
 あやすように晴見が言ったので二ノ宮はとまどいながらも頷いて見せた。
「実はね……」
 晴見は自分たちのロッジで起こった奇妙な現象について淡々と話しだした。
 その話に時に戸惑い、驚きの表情を二ノ宮は見せた。
「……と言うことなの。だからあなたの部屋でも何かが起こってるんじゃないかと思って私たちは来たのよ」
「そ、そうだったんですか。でも僕も残念ながら飯村さんの鍵の場所なんて知らないですよ。ここに入ってからは眠気があまりにも酷かったんでそのまま眠ってましたから……」
「君もそうなのか……。ならまずは鍵を確認してくれないか? 君は『黄の鍵』をどこに置いたんだい?」
「そ、それなら……」
 記憶をたどって『黄の鍵』を置いた場所を指さした。
 そこに飯村が近づくとその場所にあったモノを手に取った。
「……さて、これでおおよそ私の鍵がどこに行ったのかが読めてきたぞ」
「それってどういう……」
 疑問を口にした二ノ宮に飯村は手に取ったモノを見せた。
「そ、それは!?」
「ああ。『緑の鍵』だ」
 あるはずのモノではない『緑の鍵』が提示されていたのである。
「しかし、だからと言ってここに『赤の鍵』がないとも言いきれないわけだ。だから二ノ宮くん、この部屋を少し探させてもらうよ?」
 そう言うと飯村はロッジの中を探しはじめた。
 まだ混乱している二ノ宮には晴見が自分たちの所で起こったことを更に詳しく話してみせた。
 しばらくして飯村は「やはりない」と二人に告げた。
「と言うことは『緑の鍵』の持ち主、帆坂くんの所に行くしかないわね」
 その言葉に飯村と二ノ宮は頷いた。
 部屋の電気を消すと部屋に反射した『黄のガラス』窓の光も口を閉じるように闇に身を潜めた。

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 2005年 4月28日 22:50

 不可思議な光景に帆坂が頭を悩ませているときに訪問者達はやって来た。
「飯村さん。良いところに来てくれました……。実は……」
 飯村の顔を見ると帆坂は不可思議な要素の一つである『赤の鍵』を提示した。
「君の所にあったか……。これで全ての『鍵』が揃ったわけだが……」
 何を言っているのか帆坂にはさっぱり解らなかった。
「飯村さん、しっかり説明しなきゃダメですよ」
 二ノ宮が促すと飯村は「ああ」と思い出したかのように反応した。
「帆坂くん、これから色々なことを説明するが、落ち着いて聞いてくれ」
「は、はぁ……」
 飯村は今までに起こったできごとを一つ一つ説明しはじめた。
 それらの説明を理解していくように帆坂も話に耳を傾けていた。
 一通り説明を終えると飯村は帆坂に質問をした。
「そこで聞きたいんだが、君はこの『緑のロッジ』に来たときはすぐに鍵を掛けたかい?」
「……いや、掛けてなかったですね。ここに来てからは眠気が凄かったのもあってすぐにベッドに横になりましたからね」
「ほう、君もか。実は私をはじめ、晴見くんも二ノ宮くんも同じ状態になったんだ。これで一つ解ったことがあるな」
 飯村はある程度の事を推理していたのかその事を口にした。
「ここにいる全員は睡眠薬を飲まされたんだろうね」
「睡眠薬? ど、どうしてそんなことが……?」
 飯村の言葉を受けて二ノ宮は質問を返した。
「いいかい? ここにいる全員が同じように眠気に襲われているわけだ。こんな事が普通起こり得るだろうか?」
「まぁ、まず無いわね」
「だろう? そしてそれぞれがロッジに移動する前にあったできごとを思い浮かべて欲しいんだ」
「移動する前というと……」
 二ノ宮が記憶をたどっているときに帆坂は口を開いた。
「そうだ! メインロッジで紅茶を飲んだんだ!」
「その通り。そしてその時にここにいる全員が角砂糖を紅茶の中に入れた」
「あ! そういえば確かに!」
 記憶の復活を飯村と帆坂に補われて二ノ宮は声を漏らした。
「これは私の推測なんだが、これは先生の何かの悪戯なんじゃないのかな?」
「どうして? もしかしたら紅茶自身に睡眠薬が入っていたのかもしれないじゃない?」
「いや、それはないだろう。もし仮に紅茶そのものに睡眠薬が入っていたなら先生だって紅茶を飲んだ可能性があるだろう? そうするとどうなる?」
「どうなるって、先生だって眠るに決まってるじゃない?」
「だからそうなるとこの鍵の入れ替えみたいな悪戯をする人物がいなくなるじゃないか? それに紅茶を淹れるときには先生は自分では何もしていない。間違って私たちが先生が用意した紅茶ではないモノを淹れたかも知れないだろう?」
 飯村の推理に皆は聞き入っていた。
「仮に先生を含めた全員が睡眠薬を飲んだとして、一体何の意味があると言うんだい? 誰かが起きていなければこの不思議な状況を作り得ないのは確かだろう? となると、先生以外の私たちの共通点、全員が砂糖を入れるということを利用して私たちに睡眠薬を飲ませたんじゃないかと思うわけだ」
「じゃあ先生は一体何のためにこんな事をしたっていうの? それにそれぞれが自分で鍵を閉めたわけでもなく先生が外から鍵を閉めたのであれば一体どうやって鍵を掛けたっていうの!?」
「その辺りも含めて先生に直接聞いてみようじゃないか。今頃先生はほくそ笑んでいるだろうからね」
 飯村はそう言うと少しおどけて見せた。

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 2005年 4月28日 23:20

 メインロッジに到着すると一同は書斎の方へと向かった。
 飯村が率先してドアをノックする。
 何度かノックと呼びかけを行うが返事がなかった。
「おかしいな。ここにいないのか? 先生、失礼します」
 飯村は首を傾げながらドアを開けると書斎の中へ顔を覗き込むようにして入れた。
 しかしそこには六波羅の姿はなかった。
「書斎にはいないの……? じゃあ先生の自室かしら?」
 晴見が口にした『先生の自室』とはメインロッジにある。皆が紅茶を飲んだフロアから2階に伸びる階段を上がったところに『先生の自室』はある。
「よし、先生の部屋へ行ってみよう」
 飯村が先陣を切って一同は書斎からフロアの脇にある階段を上がり『先生の部屋』へと到着した。
 そこでも飯村がノックをした。
「先生、おられますか?」
 ノックをやめて耳を澄ますが返事はなかった。
「ここでもないのか?」
 そう言いながら飯村はドアノブを握って捻ってみた。
 しかしそこには鍵が掛かっているようで何度捻ってみてもドアが開かなかった。
「……もう寝ていらっしゃるのかもしれないな」
 飯村が全員の方を向いて言うと帆坂はそれに反することを言った。
「でも見て下さいよ。ドアのすき間から光が漏れてるじゃないですか。電気をつけたまま先生は寝たんでしょうか?」
 帆坂が指す所からは確かに光が漏れ出ていた。
「せ、先生は体調を崩されているから、中で倒れているんじゃあ……!?」
 心配そうな表情を浮かべて二ノ宮も口を開く。
「可能性はあるな……。よし、ドアをぶち破ろう! もし寝ていただけだとしても後で謝ればすむ話だ!」
 そう言うと飯村の横に帆坂と二ノ宮も並び、ドアに何度も蹴り込みを入れた。
 しばらくくり返しているとドアは悲鳴を上げるようにして開いた。
「先生! 大丈夫です……」
 飛び込んで飯村が最後まで言わずに言葉を失った。
「キャー!」
 晴見がその光景を見て悲鳴を上げた。
 そこには二つのことを除いた皆のロッジと同じ調度品が同じように配置された光景があった。
 一つは『黒のガラス』がはめ込まれている窓。
 そして残る一つがどの部屋でも無い光景。
 部屋の中央部に転がったイスの上に六波羅の変わり果てた姿が1本のヒモで宙づりになっていたのである。
「……せ、先生」
「お、おい! 急いで先生を抱え上げろ! まだ首を吊って間もないかもしれない!」
 帆坂が声を張り上げると皆で六波羅の身体を抱え上げ、宙につるし上げているヒモを解き床へと仰向けに置いた。
「俺が人工呼吸をする! 飯村さんは心臓を確認してくれ! 鼓動が聞こえないようならマッサージをしてください! それから二ノ宮! お前は急いで救急車を呼ぶんだ!」
 迅速に指示を出すとそれに反応するようにそれぞれが行動をはじめる。晴見は入り口付近で尻餅をついて泣きじゃくっていた。
 何度も人工呼吸と心臓マッサージを繰り返すが六波羅が息を吹き返す兆しは見えてこなかった。
 それでも呼びかけながら何度も繰り返しているウチに帆坂も飯村も顔中に涙を流していた。
「すぐにこちらに向かうそうです!」
 二ノ宮が報告するのも聞こえないかのように何度も帆坂と飯村は同じ行動を繰り返していた。
「……もう、先生をそっとしてあげましょうよ」
 その姿を見かねたのか晴見は涙声で言った。
「うるさい! 先生は……まだ、まだ……」
 飯村は言葉を詰まらせて六波羅の胸にすがるようにして行動を止めた。
 帆坂も六波羅の顔から伝わる氷のような冷たさに動きを止め床を思いっきり一打した。

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