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矛盾の証明 〜解決編〜

     1

 2007年 1月31日 12:45

 どこを見たって裁判記録だけで卒論のありかなど解るはずがないと思う。
 仮に周防のこれから話す内容が外れたところで卒論を書き上げた俺からすれば痛みはない。
「それで、この裁判記録のどこを見ればいいんだ?」
「慌てずに順を追っていきましょう。まず若峰教授の部屋から卒論が失くなり、アリバイの状況や証言から盗んだと思われるのは片岡さんだけですよね」
「ああ、そうだ」
 先を促すように俺は簡単に頷いて見せた。
「では仮に片岡さんが犯人だとして、片岡さんはどうして卒論を盗んだんでしょうか?」
「それは……どうしてだ」
「部外者は卒論などは必要がなかった。それで卒論に関わる者が盗んだのだろうという事でしたよね。一つだけ卒論を盗む可能性として考えられることがあるんですよ」
 小説で推理展開が行われればこのようなパターンで進んでいくが、実際だともの凄く歯がゆい思いをするものなのだと感じてしまう。
「卒論を盗み出し、参考にして自分も卒論を完成させようとした。ということです」
「つまり何だ、卒論は資料の一部として必要だったってことか?」
「そういうことですね。であればすでに卒論を提出していた片岡さんには盗み出す必要などなかったわけです。もちろん他の方も同じです。卒論を書き上げている方たちには卒論を盗み出す必要などない」
 言われてみればそうだ。
 卒論を書き上げた者に参考としてすでにできあがった卒論を手に入れる必要性は一つもない。
 ということは……。
「卒論をその時点で書き上げておらず、必要だった人物は針生先輩一人という事になります」
「お、おい! 俺がやったって言うのかよ!?」
 聞いて損をした。
 俺が犯人だなんてふざけた推理を聞くくらいなら何も聞かずにそのままゼミに出席した方がましだった。
 だがそんな思考を押さえつけるように周防は続けた。
「動機を考えただけで先輩が犯人だなんて言ってないですよ。だって先輩にはアリバイがあります。となると卒論を資料として盗むこの動機も意味を成さなくなります」
「何だよ脅かすなよ」
 安堵の息を漏らすと周防は微笑をたたえながら「すみません」と謝ってみせる。
「つまりは動機はもっと離れた場所にあると考えられるんです」
「離れた場所?」
「はい。でもここはひとまず動機は置きましょう。次に考察すべきことは動機のない片岡さんや卒論を提出したゼミの皆さんが置かれた立場です」
「ゼミ生が置かれた立場だって? 何のことだ?」
 立場といわれても何の事だかさっぱり解らない。
「解りやすく説明するなら片岡さんを例に挙げてみましょう。片岡さんが置かれた立場はどういう状況か」
「片岡の立場って……容疑者というか被告人というか」
 思いつく範囲ではそのくらいしかない。
「そうです。片岡さんは被告人としての立場を今回与えられています。ここに大きな矛盾があるんですよ」
 知恵熱がどんどん上がってくる。
 解りやすくと言っているが、解りにくくしてるんじゃないだろうか。
「矛盾も何も現にそうじゃないか」
「いえおかしいじゃないですか。片岡さんは卒論を書き上げて提出しているんですよ? 先ほども言いましたけど卒論を盗む動機だってない。であれば片岡さんは卒論が失くなった事による被害者であるべきじゃありませんか?」
「あ!」
 言われてみればそうだった。
 卒論を盗まれて損をするのは片岡やゼミ生達じゃないか。
「同様にゼミ生の卒論を提出した皆さんも被害者なんです。それなのに皆さんは被害者ではなく、被告人やそれ以外の証言者などの立場を与えられているんです」
 被告人、証言者、裁判長、記録係、検察に弁護。
 よくよく考えてみればゼミ生が被害者であるなら、これらの担当を被害者が演じる必要は確かにない。
「裁判記録における大きな矛盾とはこの『被害者のすり換わり』のことなんです」

     2

「皆さんは教授の部屋から卒論を盗まれたという事で盗んだ犯人捜しに力を入れすぎていたんだろうと思います。真の被害者になるべき人たちを自分達ですり換えてしまっていたんです」
「目先の事件性にとらわれすぎてたって事か」
「そうです。根本的な部分で矛盾が起きてしまっていたので事件も方向性を誤って進んでいってしまったんです。であれば軌道の修正を図って事件を見直しましょう」
 ここまで聞いて俺は本当に卒論のありかがわかるのかもしれないと思った。
 理路整然と語られる内容には曇りが感じられなかったのだから。
「被害者となったのはゼミ生の卒論を提出した皆さんだった。そうなると卒論を提出していない針生先輩と被害者とされている若峰教授が空位に浮かび上がります。しかしアリバイの点から言っても針生先輩が盗んだとは考えられない」
「ということは……」
「今回の事件の主たる人物は若峰教授という事になります」
 何てことだ。
 若峰教授自身が卒論を盗んだ犯人だったとは……。
「学内に話が漏れないようにしたのも、学生課に話が伝わってると言っていたのも若峰教授が犯人だったからか」
「まだ先輩は勘違いされてるみたいですね」
 少し落胆した表情を浮かべながら周防は言う。
 俺が勘違いしているとはどういうことだろうか?
「いいですか。卒論を提出した皆さんが被害者であることは言いました。だからといって若峰教授が卒論を盗んだ犯人であることには直結しないんです」
 下がりかけた知恵熱が沸騰するように一気に過熱してくる。
「ちょっと待て。ゼミ生が被害者なら盗んだ犯人は若峰教授でしかないじゃないか。お前も現にそう言って……」
「ませんよ。事件の主たる人物だって言ったんですよ」
「すまないが解りやすく言ってくれ」
 卒倒寸前だった俺の頭が限界を拒否していた。
「あくまで被害者となったゼミ生の皆さんは『卒論が失くなった事における被害者』なんです。盗まれたことについてではありません。だから軌道修正が必要なんです。失くなってしまったという証言を元に考えるとゼミ生の皆さんは被害者です。でも卒論が失くなっていないとしたらどうでしょう」
「被害者ではなくなるわな」
「そうです。教授の部屋に卒論がないだけで『ある場所』に卒論が存在すれば皆さんは被害者ではなくなる。簡単に考えてください。卒論は失くなったのではなくて教授の手によって『学生課へ提出』されてたんですよ」
「なに!?」
「卒論は最終的に文集として綴られますからね。学生課への提出期限があるでしょう? 教授が学生課へ提出していたと考えるのが普通です」
「え? ちょっ、え?」
 ダメだった。
 脳内メモリは処理限界を超えてエラーを起こし続けている。
「教授は自室に戻った後の時間で卒論を学生課へ提出しにいったんです。だからアリバイなんてそもそも関係がなかった。学生課にも話がついているのは提出したからに過ぎません。失くなったというのは嘘をついたんですよ」
「う、嘘をついた!? どうしてそんな事をする必要がある!?」
「これは後で教授に確認してもらうのが一番だと思うんですけどね。たぶん皆さんをゼミに出席させるためですよ」
「お、俺達を?」
「はい。教授はゼミ生を初めて受け持ったはずですよね。であれば記念する第一号の卒業生の皆さんへの想いも強かったんじゃないでしょうか。でも教授の意に反してゼミに出席してもらえない。それならゼミに出席せざるを得ない状況を作り出せば良いわけです」
 俺は頭を打ち抜かれる想いだった。
 教授の置かれた立場や環境など考えもせずに出席なんてしなかった。
 それがどれだけ教授にとっては寂しい思いをしていたのだろかという事も考えずに。
「卒論が失くなったというだけでは一度は出席しても最後のゼミまでは出席してもらえるかどうか解らないですからね。でもこの裁判記録を見てみると先輩はかなり重要な弁護の役を与えられています。こうなると最後のゼミにも出席しなければいけなくなるわけです」
 俺だけではなかった。
 普段出席しない国分寺や園崎も記録係として、木谷は裁判長としての役割を与えられている。
 萩原を記録に据えずに2名に役割を与えたのもそういう意図だったのだ。
「今日のゼミで、もしかしたら教授は『卒論が見つかったから安心してほしい』と言うつもりなのかも知れません。そうすれば誰も被害者になることなく、無事に最後のゼミを終えることができるでしょうから」
 教授が先週のゼミの終わりに言っていた事を思い出した。
「卒論の締め切りまでまだあるからその辺りは大丈夫よ。提出も締め切りギリギリで大丈夫。パソコンでプリントアウトするだけの状態であれば締め切り最終日に持ってきて」
 元々ゼミ生に新たに卒論をプリントアウトさせる気などなかったのだ。
「……そうか。教授には後でこっそり聞いてみるよ。ありがとう」
「まぁ当たってるかどうかは確認してもらわないと解らないですけどね」
 爽やかに笑いながら周防は言ったが当たっているだろう。
 思い当たるような行動を俺が取り続けてきたのだから。
 ふと時計を見るとそろそろゼミの始まる時間になっていた。
「そろそろ時間だ。ゼミに行ってくるわ」
「はい、いってらっしゃい」
 周防は何事もなかったかのように裁判記録を俺へ返すと栞を挟んだ小説を開いて読み始めている。
 机に置かれた卒論を俺は手にとった。
 一番上手く乗せられたのは俺だったわけだ。
 でも恨みがましい気持ちはなくなっていた。
 卒論をカバンへ仕舞い込み部室のドアノブを握ったところで俺は周防に振り返った。
「なぁ周防」
「はい、何ですか?」
「会津に伝えてくれ」
 ドアから半身出しながら続けた。
「会報の原稿は提出できませんってな!」
「え!? ちょっと先輩!?」
 周防の呼びかけを無視して俺は駆け出した。


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