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欠けた真実、眼前の謎 〜解決編〜

    1

  2006年 4月16日 16:00

「健太郎、ちょっと待ってよ」
 水を差すように由紀が周防の言葉を遮った。
「ミステリーには推理はつきものでしょう? 私にも考える時間をちょうだいよ」
 甚五郎は頭を抱えた。
 由紀は完全にパズルか何かと勘違いしてしまっている。
「あのね、由紀。僕はお義父さんの手助けに来てるんだよ? 由紀の推理合戦に付き合うつもりは……」
「何よ。自分だって北村さんから話を聞いてたときには『少し待って下さい』とか何とかやってたじゃない」
「それは事件を解決に導くためだろう?」
「私だって同じじゃない」
「今は真相は明確に出てるんだ。推理を戦わせる必要はないよ」
「さっきまで偉そうに『交換殺人だ』とか解ってる答えを引き延ばしたじゃない」
 こうなってくるとタチが悪い。
 由紀は自分が思った事を出さなければ、話は一向に先に進まないように仕向けるクセがある。
「周防君、かまわない。急こうが回ろうが、キミが後で真相を出すんだから少し付き合ってやってくれ……」
 ため息混じりの甚五郎を見て、周防は不憫な顔をしながら由紀に向いた。
「お義父さんが言うのでしたら仕方ないですね。君の推理を聞かせてくれよ」
「はじめからそうやって素直になればいいのに」
 少し頬を膨らませながら由紀は言った。
「今回の大きなポイントは『ガムテープで何故目張りをされていた』かよね」
 周防は小さく頷きながら何も言葉を発しない。
「こんなのは簡単よね。ただの偽装工作よ。2つの事件に関連性を持たせるための偽装工作。中須賀氏の事件と後野氏の事件。全く同じ事件に見えるけど本当は別個の事件だったのよ」
「別個の事件だ? 何を言ってるんだ。中須賀が死んでいた事にしても、後野が死んでいたことにしても、事件には関連のある人物が絡んでいるわけだ。関連性を持たせる偽装なんて必要がないだろう?」
「お父さんはこれだから……」
 あきれ顔で由紀は首を振っている。
「由紀、君が無理矢理に話を解りにくくしてるんじゃないか。もっとストレートに言えばいいだろう」
「はいはい。お父さんのために分かりやすく説明してあげるわよ」
 仕方がないと言った様子で由紀は続けた。
「中須賀氏は東山さんが言ってたみたいに様子がおかしかったのよ。様子がおかしくて首をくくるって事を考えると、結果何を想像する?」
「そりゃ自殺だろう……あ!」
「ようやく解ったの? 中須賀氏がただの『自殺だった』ってこと」

     2

「現場の状況に目が眩むからダメなのよ。遺書が見あたらないこと。ちょうど良い高さの踏み台が足場にはないこと。ガムテープで外から目張りされていたこと。いくつもの事が自殺にはほど遠い状況だから『自殺』という結末を遠ざけたんでしょう?」
「だがそんな事をして何になるんだ? 自殺を殺人に見せかけることに何の意味がある?」
「アリバイの確保ですよ、お義父さん」
 周防が助け船のように言葉を出してきた。
「2つの事件が関連づけられることで、片側にアリバイを確保しておけば、もう一方の事件でアリバイがなくても捜査外の扱いになるって事です」
 解りやすい解説に甚五郎は「ほうほう」頷く。
「そこまで考えればまずは容疑者から除外できる人物は西大寺丈一よね」
 由紀がウィンクしながら言うと周防は頷いた。
「犯人からしてみれば偽装工作でアリバイを確保するというメリットが必要になります。ところが西大寺氏には偽装を働いた事件で唯一アリバイがない。メリットを被らない西大寺氏は犯人ではあり得ない」
「もう、いつの間にか健太郎が推理披露してるじゃない……」
 ブツクサ言いながら由紀は頬を膨らませている。
 しかし少しばかり推理を披露したことに満足したのか周防の推理を聞く側に回っている。
「そうなると容疑者は3名。東山さん、南浦さん、そして北村さん。ここでもう一人簡単に犯人候補から外すことができる人物がいます。言わなくても大丈夫ですよね?」
「ああ、北村だな。人間万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。現場に踏み込もうとして腕を折っているからな、後野殺害の絞殺は不可能だ」
 爽やかな笑顔を見せて周防は頷いた。
「お義父さんの言うとおり、北村さんは除外できます。では残るは東山さんと南浦さんです」
「私もそこまでは考えたのよ。そこから何か引っ掛かってて、絞りきれないのよ」
「ではここで第一の事件である中須賀氏の自殺で、犯人がどのような行動を取るか考えてみましょう」
 周防は事件を振り返るように促した。
「まず犯人は中須賀氏の自殺を発見します。その時に偽装工作を行います。踏み台をしまい、遺書を持ち去る。そしてガムテープで目張りをする」
「3点セットで偽装工作は完成するわね」
「そう。でもここで考えて欲しいんだよ。偽装工作をするにはある事実を知っていなければならない。いや、ある事実を『発見しなければならない』と言うことです」
 ある事実?
 犯人が偽装を行う上で何かを発見しなければいけないということなのだろうが、それが靄がかって解らない。
「何だ? ガムテープを探さなければいけない……ということでもないだろう」
「残念ながら違います、お義父さん」
 本当に残念そうに周防は首を振って見せた。
 その横で由紀はアゴに手を当てて眉間にしわを寄せている。
 徐々にその眉間のしわが緩み、肌が張りを持ったところで由紀が声をあげた。
「解ったわ! そうよ! それが解らなければ偽装工作はできないわ!」
 独り言の延長線のように、しかし大きな声で周防に向いて言っている。
 どういうことだ?
 甚五郎が今度は眉間にしわを寄せると、周防がゆっくりと口を開いた。
「お義父さん『死亡推定時刻をその場で割り出せなければ偽装工作はできない』んですよ」

     3

 甚五郎の溜飲が降りた。
 そうだ。
 死亡推定時刻が解らなければ、今回の偽装はあり得ないのだ。
 自分が確実なアリバイを手にしていることが判明しなければ、偽装工作をしたところで容疑の枠から外れるかどうかは解らない。
「中須賀氏が死亡して、わずかな時間しか経っていないのであれば、偽装工作をしても発見者はアリバイを確保したことにはならないんです。自分にアリバイが成立していることがその時点で判明しているからこそ、偽装に意味が出てくるんです」
「そうよね。自分がその場にいなかった時刻に中須賀氏が死亡していなければ、アリバイは成立しない。その時刻が割り出せなければ偽装なんてする意味がないのよね」
 周防と由紀は笑顔を称えながら解説をしてくれた。
 甚五郎は小さく「助かったよ」とだけ答えて電話機の方へ向かった。
 受話器を取り連絡先と繋がったときに甚五郎は言った。
「南浦剛あてに逮捕状の要請をしてくれ」

      *

 南浦剛に逮捕状を見せ、周防と由紀の推理の過程を告げると南浦はあっさりと自供をした。
 本人も自首をしようか迷っていたのだという。
「先生の自殺を発見したときにはしばらく何も考えられませんでした。でも何故かふとそれが先生が俺にチャンスを遺してくれたのだと感じてしまったんです。曲がったことを許さなかった先生が俺にチャンスをくれたんだって」
 淡々と語る南浦は自嘲気味に言葉を続けた。
「でもそれは俺のエゴに過ぎませんでした。曲がったことが嫌いな先生が、自分の教え子に殺人の機会を与えるはずはないんですから……」
 薄く涙を瞼にためながら南浦は遺書を取り出した。
「捨てることができなかった……。自首しようかどうかはこれを読んで考えました」
 受け取り目を通すと、なるほどと思うしかなかった。

『君たちは人を支え、間違いを正す人物になってくれ。死を選ぶ私が言えたことではないが、反面教師として生きてくれ。最後まで私のような者を慕い、集ってくれた皆に健全なる幸を』

 遺書の末尾はそう締めくくられていた。
「あんなに強かった先生が、余命を告げられただけでもそこまで弱くなってしまうものかと驚きは隠せませんでした。それを考えれば後野は人の生に対する尊厳があまりにもなかった。俺は検死官です。生命を奪われた人達の無念を晴らすために、真相を究明しようとするのが生業です。自分たちの私利私欲だけのために人の尊厳を踏みにじる要求を出す。信じられないですよ」
 思い出しているのか苦々しい顔をしながら続けた。
「要求を呑まなければいい話です。だから俺は拒否し続けた。嫌がらせのように動物の死骸を俺の家の回りに置きざっていく。それが許せなかった。動物の生命をも踏みにじる者がこの世にいることが……。でもそれだってエゴだったんです。結局俺とあいつは何の変わりもない、ただの同族に落ちてしまったんです」
 歪んだ正義。
 それは自分でも気付いているのだ。
 甚五郎も独白を聞きながら悔しさがこみ上げていた。
 刑事たる自分が何もできていないのではないかと思ってしまったのだ。
 犯罪者をのさばらせることで、本当の正義を持っている人間も歪んだ正義を持つことになる悔しさ。
 独白は甚五郎の胸に突き刺さってしまったのだ。
「南浦さん、あなたの思うことは正義なのかも知れない。でも歪んでしまった正義を打ちに止めることができる事が本当の正義なんですよ。私はそれを信念に刑事をしています。どんな地位であれ、それを守り抜くことが私の職務だと思っています」
 重宗は南浦に伝えた。
「初めからあなたのような方たちに相談するべきだったんだ。そうすれば俺も……」
「過ぎたことよりもこれからですよ。罪を償うことが今できるあなたの正義でしょうから」
 重宗の言葉に南浦は小さく頷いた。
 南浦だけではなかった。
 甚五郎も共鳴したように頷いていた。

     4

 2006年 4月22日 13:00

 事件解決から数日が過ぎ、北村の傷はほぼ完治したとのことだった。
 警察病院まで北村に付き添い、北村の担当医に頭を下げて甚五郎は病院の玄関口までやって来た。
「どうしたんだ、浮かれない顔をして。先生も言ってたじゃないか、こんなに早く治ることは奇跡だってな」
「はぁ〜」とため息混じりの返事を北村はした。
「刑事が天職なんじゃないのか? どんな危険にも飛び込める体に生んでくれた両親に感謝しないか」
 ヨイショを交えてみるが北村の顔は沈んだままだった。
「何だ? 俺がいるのがそんなに不満か」
 煮え切らない態度に甚五郎はイライラしはじめた。
「傷なんか癒えてないですよ……。僕の心の傷が癒えきってないんですよ……」
 詩人めいた言葉を吐くと、またひとつため息をついている。
 脳天気な北村でもやはり今回の事件は堪えたのだろう。
 甚五郎は少し申し訳ないような気持ちになってしまった。
「お前の気持ちを察してやれなくて悪かったな……」
「警部には僕の気持ちなんて解りっこないですよ……」
 せっかくのフォローをぶち壊す北村の言葉に甚五郎は堪忍袋の緒を切った。
「何様だ! いつまでもウジウジして、それでも男か! お前の恩師が見ていたら何て言うか、それを考えて言ってるのか!?」
「先生だったら相談に乗ってくれますよ……。でも警部じゃ……」
「何だと!」
 思わず甚五郎は胸ぐらを掴んでいた。
 怒り以上に悔しさと悲しさが先行していたのだ。
 自分が一切頼りにならない上司だったのだろうかと。
「こんな粗暴な振る舞いをする警部に乙女心なんて読めないって言ってるんですよ!」
 乙女心?
「あん!? 男でも辞める気なのか? だからそんなに女々しいのか!?」
「違いますよ! 美樹ちゃんの心模様を警部が解るんですか!? 解らないでしょう!? 重宗君には勝てないんだ、僕は……」
 ポエムの一節でも引き出してきたのか気持ちの悪い事を言う。
「あれから何度連絡を取っても、食事に誘ってもダメ。どうすりゃいいって言うんですか、僕は!?」
 眩暈がした。
 少しでも腹を立てた自分が馬鹿らしくなってきた。
「それよりも何よりも、重宗さんの事ばかり話題に出てくる。美樹ちゃんの心は僕には向かないんだ……ぅぅ」
 掴まれた胸を預けるように北村は泣き始めた。
 甚五郎は自暴自棄になりたくなった。
 今すぐコンビ解消をさせてくれないかと頭を駆けめぐった。
 そんな甚五郎の思考を止めるように、北村の大きく洟をかむ音が響いていた。


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