2006年 4月9日 17:00
所轄署の刑事課へ向かうと重宗は甚五郎の元へ駆け寄ってきた。
「お疲れさまです。あ、北村さん腕は大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」
恩人に答えるに失礼な言葉を発したので甚五郎は北村の頭を拳で殴った。
「すまんね、恩知らずで」
「あ、いえそんな。お気になさらないで下さい」
小さく笑みを浮かべながら重宗は手を顔の前でヒラヒラさせた。
「それで、他の2名についてはどうだったんだね?」
甚五郎から質問を受けると重宗の顔は引き締まり刑事の顔になっていた。
「まず西大寺丈一なんですが、彼は深夜1時半頃まで北村さん、南浦と都内の飲み屋に一緒にいたことは証明できています。合わせて南浦も店の人の証言で2時までは店にいたことが証明されました」
「そうか。北村の証言とも一致するな」
「ええ。西大寺は店を出た後はそのままタクシーを拾って自宅まで帰ったようです。ただ、1時半以降のアリバイは証明できないですね」
「仮に中須賀が他殺だとすれば西大寺以外には不可能だったと言うことか」
「そうなりますね。それから現場のことなんですが、最初に現場に駆けつけた時に自宅は玄関に鍵が掛かっていなかったようです」
「現場には誰でも出入りできたということか?」
「あ、それなら先生のクセでしょう」
北村は割ってはいるように証言を始めた。
「クセだと?」
「ええ。先生は何かに没頭しようとするとよく鍵をかけ忘れるようなんですよ。高校の時も先生が色んな事を任されてたときに、職員室の鍵をかけ忘れて帰ることが良くあったらしいんです」
「それを知っていた人間は?」
「高校時代のメンバーならみんな知っているでしょうね」
「そんなに有名なのか?」
「う〜ん、有名かどうかは知らないですけれども」
つくづく使えない部下だと甚五郎は思った。
重宗も同じなのか苦笑いを浮かべている。
「それにしても、どうしてお前達が同窓会として開かれたんだ? 他にも教え子はいただろう?」
「先生が担任として受け持った最後の生徒が僕たちだったんですよ。それに3年間受け持ったのは初めてだったらしいですし」
「思い入れが強かったってことか」
「ぅぅ、そんなに想っていてくれてたなんて……」
自分で言い出して自分で泣くのだからタチが悪い。
「他に何か解ったことはあったのか?」
北村は放っておいて甚五郎は質問を再開した。
「それなんですが、最近は体の調子が良くなかったのか中須賀はあまり家を出なくなっていたそうです。ご近所さんも独り身の中須賀を心配していたようですね」
「そんな事なら僕に言ってくれればよかったのに……」
北村を連れてきたのは失敗だったのかもしれない。
全く話が進まないままで腹が立つ以外の何物でもない。
「他には特に何もまだ掴めていません」
「そうか。ガムテープのことと言い、まだまだわからん事が多いが、何か解ったらまたよろしく頼むよ」
「はい、また何か解りましたらご一報入れさせていただきます」
重宗が頭を下げるのに軽く敬礼だけして甚五郎は刑事課を後にした。
近々起こる迷走に向かうとは知らずに。
7
2006年 4月16日 15:00
甚五郎は自宅の居間で唸っていた。
「もう、お父さん。さっきからウルサイ」
娘の由紀がTVを見ながら甚五郎に言う。
「ドーベルマンじゃないんだからそんな怖い顔で唸らないでよ」
「ん? 唸ってなんかいないだろう」
「自分で気付かないの? 新聞を睨んで唸ってたわよ。また事件のことでしょう、ね、ね?」
また始まってしまった。
こと事件の事を考えているとすぐに嗅ぎつけてくる。
そして事件のことを教えろだ、私が謎を解いてやるだと吠え始めるのだ。
「違う。経済の動きが最近は大変だと思っていたんだよ」
「ふぅ〜ん。元高校教諭とヤクザに接点か? って記事見てそんな事考えてたの」
ニヤニヤ笑いながら由紀は甚五郎の顔を覗き込んだ。
「言えばいいのに。お父さんもよく言うんでしょ? 『言えば楽になるぞ?』とかさ」
完全にからかっているようだが、今回は絶対に言わないでやろうと決めていた。
「何を言われようが今回は言わない。俺は仮にも刑事だぞ? そんな守秘義務違反をする刑事が……」
「前は破ったじゃない」
由紀の一言に言葉が詰まってしまった。
何度か確かに破った事はある。
その度に事件は解決してはいるのだが……。
「まぁいいけど。別に話してくれなくても」
「お? 今日はやけに聞き分けが良いな。やっと刑事の娘らしく自分の立場をわきまえて……」
と話の途中でインターホンが鳴った。
「あ、来たみたい」
何か郵便でも待っていたのだろうか?
由紀はいそいそと玄関へ向かっていった。
「お邪魔します」
聞き覚えのある声だった。
「ほら、お父さん。救世主が来たわよ」
「救世主じゃないよ。ご無沙汰してます、お義父さん」
挨拶をしたのは周防健太郎だった。
今までも何度か事件の謎を解き明かしてきた男で、由紀の彼氏である。
由紀と同じ大学でミステリー研究会に所属している。
「今回は由紀から聞いたことで少し解ったことがあったので伺いました」
「な、何? 由紀から聞いた?」
甚五郎はちんぷんかんぷんだった。
事件のことは話をしていないのだからその話ではないだろうが、それ以外に何を吹き込まれたのだろうか?
「あれ? ゆ、由紀。お義父さん何も知らないみたいじゃないか。お義父さんから話を聞いたんじゃないのか!?」
「私なりのルートがあるのよ。お父さんは絶対に言わないだろうと思ったから」
「お、おい。まさか事件の事じゃないだろうな!?」
周防が黙って由紀を睨んでいるところを見ると、どうやら図星らしい。
「お義父さんには迷惑をかけないって前提で僕は話を聞いていたんだろ? それなのにお義父さんが何も知らないってどういうことだよ」
子供を叱りつけるように周防は由紀に問いかけている。
それは俺のセリフなんだが……と甚五郎は心の中で呟いた。
「いいじゃない、誰でも。大体迷惑をかけてるのは事件そのものよ。お父さん、最近ご飯もちゃんと食べずに唸ってばかりいるんだもん。私、心配で……」
少し目頭が熱くなりそうになっていた。
そんなに想ってのこととは知らずに身勝手な父親だと自分を恥じていた。
「そういう芝居にお義父さんが引っ掛かるはずないだろう。ね、お義父さん」
突然の問いかけに甚五郎はうろたえてしまっていた。
「え? 嘘なの?」と言える訳もなく、甚五郎は咳払いを一つだけし背筋を伸ばした。
「当たり前だ。そんな猿芝居に騙されるか」
「お父さん、間があったわよ」
逐一、父親の揚げ足を取ってくる。
「そ、そんな事はどうでも良いことだ! それより誰から聞いたかくらい言わないか!」
「それじゃあ、お父さんが健太郎の話を聞いてくれれば言うわ。どう?」
「聞いてやるくらいなら構わないがな。こちらからは何も情報を漏らさないからな」
「素直にそう言えばいいのよ。聞きたいなら聞きたいって」
「由紀、お義父さんに迷惑をかけるんなら言わないよ」
「いやいや、構わんよ周防君。話してみたまえ」
平静を装いながら本当は『聞きたい』と言う言葉をのどの奥に押し込めた。
「さぁ、座りなさい」
甚五郎は椅子を引いてやると周防は一礼して腰をかけた。
「それでは事件の概要から確認をとっていきたいと思います」
周防は甚五郎に向くとおもむろに口を開き始めた。
8
2006年 4月16日 15:30
「まずは中須賀氏が死亡していた事件ですね。死亡推定時刻は午前2時。死因は頸部圧迫による窒息死で、首が吊られた状態で発見された」
甚五郎は頷きながら周防の話を聞いている。
「一見すれば自殺ですが、状況がそれを許さないような事になっていました。遺書が見つからず、踏み台となりそうな椅子は机に収まった状態。そして何よりドアの外側にはガムテープで目張りがされていた」
どこから得たのか寸分の狂いもない情報であった。
「この中須賀氏の死亡に関係しているであろう人物は4名。東山美樹、西大寺丈一、南浦剛、そしてお義父さんの部下の北村仁さん」
「あ!」
名前の羅列を聞いて甚五郎は声をあげてしまった。
「お前達に情報を与えたのは北村か!?」
「それは話を聞き終わってからでしょう! それとも刑事が嘘をつくの?」
甚五郎の質問に嫌みを由紀は被せてくる。
「……いいだろう、続けなさい」
「それでは。これが『第一の事件』ですね。もう一つの事件は2日後の11日に起こりました。後野修悟という暴力団関係者が同じ様な状況で殺害されます」
「そうそう。絞殺死体で部屋の外にはガムテープで目張りがされてたのよね」
「事件の状況は今、由紀が説明したとおりです。そして報道などではガムテープのことは流されていません。この事から目張りを行ったのは中須賀氏が死亡していた事件と深く関わっていることが考えられます」
中須賀死亡からわずか2日後に同じようにして発見された後野修悟の事件。
これが甚五郎を悩ませている元凶であった。
どう考えても、どこを調べても中須賀と後野を結ぶ接点がないのだ。
「まずは第一の事件に目を向けてみましょう。中須賀氏が死亡した午前2時にアリバイがなかったのは西大寺丈一だけ。彼以外は確固たるアリバイが立証されています」
「ふむ、それで間違いはない」
「ありがとうございます。そして次に第二の事件。後野氏が殺害されたとされる時刻は4月11日の23時前後。この時にアリバイがなかったのは東山、南浦、北村さんの3名」
「第一事件と第二事件ではそれぞれアリバイを持っている人と持っていない人が違うのよね」
「そうなんだ。これで僕が初めに思ったのは交換殺人という説です」
交換殺人!
完全に甚五郎は頭の中からその選択肢を外してしまっていた。
「中須賀氏を殺害したいAという人物と、後野氏を殺害したいBという人物がお互い殺害する人間を交換する方法ですね」
「Bが中須賀氏を殺害しているときにAはアリバイを作り、今度はAが後野氏を殺害しているときにはBがアリバイを作るって事よね?」
「ああ。お互い、動機もアリバイも事件とは無関係と見なされて容疑者から外されるって寸法だ。そこで動機の確認をする必要がある。まずは中須賀氏の場合なんですが、これが全く動機は皆にない。尊敬こそすれ、殺害するような動機は一切ない」
「一方の後野氏は皆がありありなのよね。東山美樹は弁護士という事で、以前弁護を頼まれたけれども一切を断ったのよね。そして逆恨みに嫌がらせで悪質な手紙や自宅の回りに生ゴミを蒔かれるとかされてたっていう」
「西大寺丈一は自分の学校に後野氏の息子が通っている。息子の素行はあまりにも酷いらしいね。その事を注意し、一度は警察にも相談したがそれが仇となって、後野から暴力を受けた。その時の恨みが残っているというのが動機として考えられる」
「南浦剛は検死官としてある事件に関わっている事があった。その事件が後野氏の関係している暴力団がらみの事件で、検死結果に偽りを求めた。それを拒否して以降、彼の自宅の前に何度か動物の死骸が放置された。これが後野の仕業ではないかという事で動機がある」
「そして北村さんは……お義父さんが知っているんですよね? それだけは僕には解らないのですが」
周防と由紀が交互に話を進めていたが、今度は甚五郎に話は振られることになった。
「まぁ、知ってはいるがな。動機と言っても北村が悪いわけではない。一度捜査応援で暴力団への一斉手入れをしたときに北村は後野を逮捕した。ところがありもしない北村が暴力団と関わりを持っていて、覚醒剤の横流しをしているという事を証言しだした。公安部から何度も北村は聴取もされて、尾行、捜査までされたが、完全に逆恨みによる証言だと言うことが立証されただけだ」
「でも北村さんも刑事を辞めたくなったって言ってたくらいだから、恨みを持っていてもおかしくはないじゃない?」
「あいつに人を殺すだけの根性はない。北村はああ見えて正義感の塊だからな」
「正義感の塊だからこその犯罪だってあり得るわよ?」
「お前は情報を提供してくれた北村を犯人にしたいのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
「やっぱり情報は北村から聞いたのか」
「さ、さあね。それはどうかしら?」
往生際悪く由紀はしらばっくれている。
「お義父さん、でも由紀の言うことにも一理はあるんです。それで交換殺人のことを考えると、これは成立しないんです」
「どういうことだ?」
「交換殺人は先ほども言ったように、動機が片側にのみなければならない。でも今回の場合を考えると、全員が中須賀氏には動機はなく、後野氏には動機がある。そうすると交換殺人を行うための条件としては不十分ではないですか?」
周防の言いたいことはこういうことだろう。
Aが後野を殺害したとして、その時にAは後野に対する動機を持っていないという条件が必要になってくる。
後野に対して動機がなく、中須賀に動機がある状態でなければ、後野の事件で容疑から外れることはできないからだ。
「よって交換殺人の線はない」
「振り出しに戻っただけか……」
「あくまで可能性を潰すためにお話ししたことですから。そこで交換殺人がないのであれば、おのずと事件の真相という物は見えてきます」
「ん? 振り出しに戻っただけの状態で、事件の真相が解るだって!?」
「はい。一つ一つ事件に関わる可能性を検討していけば自ずと事件の真相は見えますよ。必要な条件は全て整っているんです」
周防は笑顔で甚五郎に告げた。
「な、何なんだ!? じゃあ犯人も……」
「はい。全ての証言と条件をもってすれば犯人は解りますよ」
「い、一体誰なんだ?」
「この事件の犯人は……」
周防健太郎が導き出した犯人とは誰か?
以上のことをふまえた上で
1.犯人の名前
2.犯人を特定するにいたった推理のプロセス
3.結果発表時のHNの表示可・表示不可
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