2005年 10月30日 土曜日 18:00
私が目を覚ますと一人を除いてトランプのブラックジャックに興じていた。
光一がその場にはいなかった。
「目が覚めたか、マコトくん」
影夫氏の言葉に軽く頷いて体を起こした。
「光一くんはいないんですか?」
「あいつなら自分の部屋で絵を描くと言ってたよ。2階に居るはずだ」
赤人が質問に応えてくれた。
「少し気になっていたんですけど、全員が『0』を書いた理由は解ったんですか?」
「ああ、その事ね」
小さな笑い声をもらしながら緑は影夫氏の方を見ている。
「解決したよ。君の監視にも間違いが無かった事は証明された」
笑顔で今度は青次が言った。
「疑ってすまなかったね。信頼を置いていると言っておきながら……」
頭をかきながら影夫氏は体を前傾に傾け謝っている。
「いえ、気にしてませんよ。それよりどうして皆は『0』を書いたんですか?」
「原因は父さんと光一よ。せっかくだし、当ててみてはどうかしら?」
イタズラっぽく微笑むと緑は影夫氏をもう一度見た。
「ではお伺いしたいんですけど、青次さん、緑さん、赤人さんと光一くんは口裏合わせはしてなかったんですか?」
「全くしてないんだな、これが」
笑いながら赤人は応えて見せる。
「じゃあやっぱり偶然なんじゃあ……」
「それがね、偶然のような必然だったんだよ」
トランプの手を止めながら青次は不可思議な事を言った。
「必然……ですか?」
「ヒントもなしじゃ難しいんじゃないか? 親父がやった事くらい教えた方が良いと思うんだけどな」
赤人の提案に緑が「そうね」とヒントの了承をだした。
「青次兄さん、私、赤人が父さんの部屋に呼ばれたでしょう? あれは父さんが私達にあるものを見せたかったからなのよ」
「あるもの?」
「そう。それはね、嘘の数字が書かれた封筒の中身だったの」
嘘の数字?
「いくつが書かれていたかは解りそうだよね?」
青次の言葉に手で「待った」を出しながら私は考えた。
3人が一様に出した解答からすると恐らく……。
「1000ですか?」
「正解だ。親父は俺達に嘘の数字『1000』を見せたがってたんだよ」
「部屋に入ったときにわざと数字が見えるように封筒から覗かせてたんだ」
赤人と青次に咎められているかのように影夫氏は肩を丸めて縮こまっている。
「だから3人ともが『0』を書いたわけですね。でも私の記憶では光一くんは影夫さんの部屋へは行っていないはずなんですけど」
「そこがミソなのよ。父さんが一番始めに光一の部屋へ行ったわよね? そこで父さんはあるものを見たの」
あるもの……。
今までの流れからすると光一が書いた数字だろう。
解答発表のときの影夫氏と光一の会話を思い出してみる。
「ま、待て。お前は昨日確か……」
「気が変わって書きなおしたんだよ」
確かこう言っていたはずだ。
その事かを聞いてみると「それも正解だね」と赤人は言った。
「父さんは光一の部屋で『ある数字の書かれた紙』を見たの。その紙をもとに私達を欺いてやろうとしていたみたい。返り討ちにあったけどね」
クスっと笑う緑の声に影夫氏は顔を赤くしていた。
『ある数字』を見て影夫氏は『1000』という偽りの数字を書いた事になる。
これは光一自身に確かめないと解らないだろうと思った。
「その数字さえわかれば答えもわかりそうですね」
「そうだね。俺達からのヒントはここまでとしよう。残りは光一自身から聞いてみると良いんじゃないかな?」
青次は優しく言うと再びトランプを手にとった。
「そうします」
「いってらっしゃい」
私の言葉に声を返してくれる緑に軽くお辞儀をして私は階段を上がって行った。
2
2005年 10月30日 土曜日 18:30
「光一くん、入ってもいいかな?」
『開いてるよ』
声に誘われるように部屋へ入ると椅子に座って絵筆を走らせる光一がいた。
「ちょっと聞きたい事があって」
「何だい?」
絵筆を止めてこちらへ向くと光一は言った。
「ゲームの事なんだけど、始めに影夫さんがここに訪れたよね? その時書いていた数字なんだけど……」
「その事か。俺がその時書いてたのは『1001』だよ」
「1001!?」
「ああ。試合放棄をしようと思ってね。1000を越えていれば失格になると思っていたからそう書いていたんだ」
光一の性格がそこには出ていたのだ。
自分ではなく、他の誰かに絵が渡るようにしようとしていたという事だろう。
だがそれならばどうして数字を『0』に書きなおしたりしたのだろうか?
「数字を書きなおした理由? 父さんが言ったセリフでこのままじゃ自分が勝ってしまうと思ったからさ」
「はっはっは! お前らしい解答を出しているな。予想はしていたがね」
「親父はこう言ったのさ。予想していたって事は、それに対する解答を出してるって事だと思ったんだ。どうせ俺に絵が渡るように仕向けようとしてたはずだからね」
「つまり影夫さんが『マイナスの解答を用意している』って解ったって事?」
「そう言う事。となれば親父の思い通りにならなくするには兄さん達が書くよりも小さな数字を書けば良いと思ったんだ。俺も初めは『マイナス』なんて想像を先入観から書こうとしてなかったから、兄さん達も『プラスの数字』を書いているだろうと思ってね。それなら兄さん達から不審に思われない小さな数字となると『0』だと思ったんだ」
「もし自分がマイナスを書けば気を遣っている事が丸解りになってしまうからか……」
絵筆を置いてコーヒーを口元に運んで光一はうなずいた。
兄弟に権利を与え、自分はゲームの権利を放棄するつもりだったのだろう。
「兄さん達はそういう事を気にする人たちだからね。自然に自分が負けるように仕向けなきゃいけなかったんだ」
「それを見た影夫さんが他の3人を騙そうとしたって事になるね」
だからこそ影夫氏は光一の部屋だけを訪れたのだろう。
光一以外の部屋に訪れたのでは自然と騙しの数字を見せる事はできなかったであろう。
「父さんも俺に悟られないように自然な数字で一番小さな数字を兄さん達に書かせようとしたんだよ」
「それで光一くんより少し小さな、それでも最大値の『1000』を書いていたんだ……」
「姑息な事をするからさ。結局自分で蒔いた種で俺が書いた数字を皆にも書かせる事になったんだからね。自業自得ってやつだよ」
笑いながら光一は言うと再びコーヒーに口をつける。
「でも良かったよ。口裏を合わせる事も無く全員が均等に配分を受けれるようになったんだ。今回ばかりは親父の援助を受けようとも思えたしね」
留学をする事を決めたという事なのだろう。
他の3人も均等の得が手に入って、恨みっこなしというわけだ。
円満に解決して何よりである。
「話はそれだけかい?」
コーヒーから絵筆に持ちかえながら光一は言った。
「今は何の絵を描いているの?」
「これか。何となく描きたくなってね、想像だけで描いてるんだけどうまくいかないもんだな」
そう言うと恥ずかしげに光一は頭をかいた。
脇からキャンバスを覗いてみるとそこには5人の人物の絵が描かれていた。
4人の若者達がそれぞれエースを1枚ずつ握っている。
年老いた一人の男が真ん中でジョーカーをこちらに向けてうなだれている絵だった。
『くそ! また負けた!』
その時ドアの外からは微かにだが影夫氏の声が響きわたってきていた。