密室の謎 〜解決編〜

     1

 2005年 4月29日 10:00

「飯村さん、本当なの? 先生が残した謎が解ったって?」
 遅い朝食をとり終えると晴見は口にした。
「ああ。解散した後しばらくしてからね」
「ほ、本当ですか! き、聞かせてください!」
 テーブルから身を乗り出すようにしながら二ノ宮も詰め寄った。
「よし、いいだろう。じゃあまず一つ発見した事について言おうか」
「例の『窓』ですか?」
 帆坂は朝方に飯村が実験したことを口にした。
「そうだ。実はあの窓には『ある特性』があったんだ」
「『ある特性』って何なのよ?」
「昨晩クーラーをかけたまま部屋を出てしまってね。それから部屋に帰ってみると窓の色が変色していたんだ。あの窓は冷却することで光の屈折を変える働きがあるんだろうね、それが私の部屋だけのことかと思って帆坂君の部屋でも試してみたんだ」
「飯村さんの言うとおり、僕の部屋でもしっかり窓の色は変わりましたよ」
 飯村の言葉を受けるようにして帆坂は頷きながら答えた。
「私の使っている『赤のロッジ』の窓はしばらく冷やすと紫色に変色していたんだ。そして帆坂君の部屋の窓は青みがかった緑へと変色していた」
「それって両方が『青色』を加えた色になって行ってるじゃないですか!」
「そうなんだが、青を加える色となると、晴見君の部屋や先生の部屋では変化がない色になってしまうだろう?」
「そう言えば晴見さんの『青の窓』に青を加えたところで青のままだし、ましてや先生の『黒の窓』だと色の見分けが付かないですね……」
 二ノ宮は自問自答するように言った。
「私も初めはそこで行き詰まってしまったんだ。だが考え方を変えてみればいい」
「考え方を変える?」
「そう。『青を加える』ではなく『色を加えて変色する』と考えるんだ」
 飯村の言葉に二ノ宮はさらに苦悶の表情を浮かべた。
「『青を加える』と『色を変えて変色する』にそれほど違いがあるんですか?」
「もちろんあるとも! その答えを君自身がさっき口走ったじゃないか」
「え!? ぼ、僕が!?」
 何を言ったかと問うように二ノ宮は晴見と帆坂の方を見やった。
「あ、わかったわ! 黒よ! 私たちのロッジなら色を加えれば様々な色へ変わるけど、先生の部屋の黒は変わりっこないのよ!」
「なるほど、そう言うことか。仮にロッジの色を全て混ぜたところで変わる色と言えば黒しかないな」
 晴見と帆坂は頷きながら呟いていたが、二ノ宮はまだ解らないらしく、とまどいの表情を浮かべているだけだった。
「それじゃあ二ノ宮君、取りあえずこのことは置いておこう。後でまとめて説明するよ」
「は、はぁ……」
 腑に落ちない顔の二ノ宮から了承を得ると飯村は再び口を開いた。
「そして今回の謎を解くもう一つのことがある。それは晴見君が言っていた『部屋の物の配置』だ」
「やっぱり! アレも関係のあるキーワードだったんじゃない!」
 そう言うと晴見は帆坂の方を睨むように見た。帆坂は視線を外すように中空を見つめている。
「窓以外は何もかもが一緒だった。それは部屋の物が同じで、しかも同じ位置に配置されている事からもわかるね。と、言うことはだ二ノ宮君」
「は、はい!?」
 突然話を振らたため慌てて二ノ宮は反応した。
「先ほど話に上がった『黒』がキーワードになってくる。唯一違う『窓の色』これも本当は同じだとしたらどうする?」
「ど、どうするって……。そりゃ、驚きますよ」
「いや、君自身のことについてではないんだ……。『窓の色』が一緒になると言うことは『黒を含めてそうならなきゃいけない』ワケだ。となると、色を統一するにはどれを基調にすればいいと思う?」
「……それは、黒じゃぁ。あ!」
 閃いたとばかりに二ノ宮は大きな声を上げた。
「ようやく解ったのね」
 半ば呆れぎみに晴見が呟いた。
「そこでもう一度聞くよ? 『窓の色』が全て同じだった場合、君はどう思う?」
「もし初めて来たときなら、どの鍵がどのロッジの物かなんて解らないと思いますよ!」
 今度は意気揚々と答えた。
「そう。これで私たちが『春と秋しか呼ばれなかった』理由も解るだろう」
「夏に呼べばクーラーを使われて窓の変色に気付かれるかもしれない。ましてや冬なんて窓を直接冷却するようなものだからすぐにバレてしまう。そういうことですね?」
 懇切丁寧に帆坂は解説してみせた。
「そういうことだ。そうした場合部屋の配色と鍵の色の違いが明確になってしまう」
「な、なるほど。でも、じゃあですよ? もし鍵の色が解らないときにロッジを使いたいときはどうすれば良いんですか!?」
 二ノ宮の質問に残りの一同はうなだれた。
「二ノ宮君。ここまで言って解らないの?」
「は、はぁ……」
「じゃあ最後のヒントだ。ロッジの窓色、物の配置、これらが一緒な事は解ったよね?」
「はい」
「じゃあ後ロッジで同じでなければならない物と言ったらなんだい?」
「……同じでなければならない。と言うことは元は違う物だから……ぁあああ!」
「じゃあ答えてごらん?」
 苦笑いで飯村が言うと照れながら二ノ宮は口を開いた。
「鍵の錠も同じじゃなきゃいけないですね」

     2

 2005年 4月29日 10:30

 二ノ宮はつかえていた物が取れたようにスッキリした顔をしていた。
「これで錠前も同じであることが解ったわけだ。だから私たちの部屋の鍵が入れ替えられていたこと何て本当はあまり意味がなかったのさ」
「どの鍵でもロッジの錠を開けることは可能だったわけだものね」
「ああ。先生は私たちの部屋の鍵を入れ替えて、自分の部屋の鍵で施錠しただけの話だったんだ。心理トリックを扱う先生ならでわのトリックだよ」
 飯村が晴見の言葉の説明のように言った。
「確かにマンションの全ての部屋の鍵が同じでもその事を知らなければ、他人の家の錠に自分の家の鍵を差し込んだり何てしませんもんね」
「日常に潜んだ盲点ってやつだな」
 そう言うと喜びの表情から皆は悲しみの表情になっていた。
「……先生は基本に立ち直って考えて欲しかったんですかね」
「……そうだろうな。自分の得意とするマジックであれ、イリュージョンであれ、同じ心理的な部分を狙うことに変わりはなかったんだ」
「……きっとその事に気付いて欲しくてそうしたんでしょうね」
 一同はその言葉を聞き終えると一様に俯いて黙り込んでいるだけだった。

     3

 2005年 4月29日 19:00

 六波羅先生の訃報を聞いた私はロスから急いで別荘であるロッジへと向かった。
 本来なら飛行機内で睡眠を取るのだが今回はそうはしなかった。
 メインロッジの所までハイヤーを使い到着したが、制服姿の警察官に入ることを拒まれた。
「どちらさまですか?」
 職務に忠実なまなざしの警察官に私は六波羅先生の二番弟子であることを告げた。
「しばらくお待ちいただけますか? 確認を行いますので」
 そう言い残すと警察官はメインロッジの中へと姿を消した。
 ハイヤーから降りてしばらく待っているとメインロッジから顔なじみの4人が姿を現した。
「き、君は!」
 端整な顔立ちの男性、飯村が私の顔を見て驚きの表情で声を漏らした。
「……すみません。すぐに駆けつけようと思っていたんですが、ショーだけは外せなかったもので……」
 私は遅れてしまった謝罪の気持ちを述べた。
「し、ショーですって!? 先生が亡くなられたのよ!? それと仕事とどっちが大切なのよ!?」
 怒りをあらわにした顔で晴見が言った。
「ま、全くです! あなたはいつも先生に何があろうとも仕事を優先させて! そんなに仕事が大事なんですか!?」
 続けて二ノ宮が怒りを吐き出した。
 私は反論することなく頭を下げた。
「晴見さんも、二ノ宮も声を荒げる事はないだろう」
「ちょ、ちょっと! あなたは悔しくないの!? こんないい加減な態度をとられて!?」
 帆坂の言葉に逆上して晴見は掴みかかりそうな勢いで言った。
「いえ、決していい加減な態度をとってはいませんよ。むしろ僕たちの方がいい加減だったんですよ」
「どういうことよ!」
「僕と飯村さは少なくともそう思ってます」
 帆坂はそれだけ言うと飯村が頷くのを見て黙った。
「い、飯村さんまで……」
 落胆の声を漏らし晴見は飯村を見た。
「おいおい解ることだ。取りあえず皆で平家刑事の所に行こうじゃないか」
「な、納得できませんよ! どうして飯村さんと、帆坂さんはそんなに落ち着いてられるんですか!」
 二ノ宮も心の内を声高に吐き出した。
 ちょうどその時、メインロッジからよれたスーツの男が姿を現した。どうやら刑事のようであった。
「何かもめ事ですかな? おや、そちらの方はよくTVでお見かけする……」
 記憶をたどるように薄目がちに刑事らしき男は言葉を詰まらせていた。
「彼女は六波羅先生の二番弟子の『釈迦』さんですよ」
 記憶の手助けをするかのように私のことを帆坂は男に告げた。
「おお! そうだ! あ、いや。この度はお悔やみ申し上げます。私は今回の件で捜査に来ておる平家と申します」
「いえ。どうもご丁寧にありがとうございます。ご紹介に預かりました釈迦と申します」
 私は平家刑事の言葉を受けるように挨拶をした。
「こんな所でお目にかかれるとは思ってもみませんでしたな。あ、いや不謹慎なことばかり、申し訳ない」
 頭を掻き腰を薄く曲げながら平家刑事は言った。
「それより平家さん。何か用ですか?」
「おお! また忘れるところだった。例の『遺書のコピー』を用意できたんでね。お持ちしたんですよ」
 帆坂の言葉に我に返るといそいそと内ポケットをあさって紙の束を取り出した。
「申し訳ありませんな。まさか一人増えるとは思いませんで、4つしかないのですが……」
「いえ、私は読んだので、それを一つ彼女に回してください」
 飯村が平家に提案するように告げると「では、また後でご用意しますので」と言って『遺書のコピー』を私に手渡した。
「ここでは暗くて読みにくいだろう。中に入ろうじゃないか」
「そうですか。私は今日の捜査を終えたもので、ここらでおいとまさせていただきますが、一つだけ言わせていただいてよろしいかな?」
 飯村の言葉に被せるように平家刑事は皆に言った。
「は、はい。何でしょう?」
「もめ事だけは起こさないようにしてください。仕事が増えるのはゴメンですからな」
 おどけたようにそう言い残すと平家刑事は手をヒラヒラさせながら歩いていった。

     4

 2005年 4月29日 19:30

 飯村の言葉に従い、一同はメインロッジへと足を踏み入れた。
「あなたまで遺書を読む事なんてないじゃない?」
 遺書の中身をすぐに確認しようとした釈迦に向けて皮肉たっぷりに晴見は言った。
「その言葉は遺書を読んでから言った方がいいですよ」
 フォローに回るように帆坂が間に入った。
「さっきから何なのよ……。この人の肩ばっかり持って……」
 ブツクサ言いながら晴見は自分の手にある遺書に目を通しはじめた。
 二ノ宮も習うようにして遺書の確認へと入った。
 しばらく読み進めた頃になると二人は遺書の端を握りしめながら「そ、そんな」と声を漏らした。
「もう読んだみたいだな。それを見てもまだ同じ言葉を彼女にかけれるかい?」
 飯村の言葉に晴見は小さくかぶりを振ってみせると「……すみませんでした」と小さく漏らした。
「先生はプロなら仕事を優先させるべきだと常に言っていた。それを釈迦君は忠実に守ってただけだったんだよ。そんな事を遺書を読むまで気が付かなかった私たちの方がどうかしてたんだ」
 その言葉を聞きながら二ノ宮は大粒の涙を流しながら突然床に頭をこすりつけた。
「す、すみませんでした! き、昨日同じ事を先生に言われたばかりだったのに! それを、それを守れてなかったのは僕の方なのに、あんな失礼なことを言ってしまって!」
 六波羅と二人きりになったときに言われたことを思い出し、二ノ宮は自分に対する憤りがこみ上げてきてしまったのである。
「そんな、気にしないで。私だって皆さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに……。先生の事をいつも見ていてくれた二ノ宮君がそんなに謝ることはないわ。謝らなければならないのは私の方なのに。だから、顔を上げて」
 そう言いながら釈迦は二ノ宮の手を取った。
「先生の言葉はいつも的確だったんだ。それから目を背けていたのは僕たちの方だった」
 唇をかみしめながら帆坂も漏らした。
「いえ、私の方こそ先生の言葉に背いているべきだったのかもしれない。このロッジだけ先生に託して仕事に打ち込んでいたんですから」
 釈迦が俯きながら言うと、その言葉を聞いた一同が目を丸くした。
「あ、あなたがこのロッジを託した?」
 疑問を口にしたのは帆坂だった。
「ええ。私が海外に立つ前に先生と話をしてこのロッジを作ることにしたの。しばらくは帰ってくることができないだろうから、せめてもの気持ちで先生に提案したの」
「ち、ちょっと待ってくれ!? じゃあ先生が最後に残した謎の答えも君は知っているのか!?」
「先生が残した謎?」
 釈迦が小首を傾げると、昨日起こったできごとと、遺書にある『君たちに残したモノは君たちで何とかしてくれたまえ』という文面について飯村は説明した。
「……先生がそんな事を。はい、その事なら私は解ります。いえ、そもそもこのトリックを提案したのも私なのですから」
 その言葉に再度一同は驚愕した。考えてもしてみなかった事が本人の口から出されるとは思っていなかったからである。
「先生は『皆が様々な物に目を向けてマジック談義をすること』を楽しみたかったみたいでしたから。それに一役買う形で私がロッジの鍵のトリックを提案したんです」
「……そ、そうだったのか! 私たちは大きな誤解をしていた。先生が本当に伝えたかったのは基本に返ることだけじゃなかったんだ。お互いの思うマジックに対する考えを語り合う姿を見たいという気持ちがあったんだ。だからあんな謎を残したんだ!」
 釈迦の言葉で飯村は全てを悟った。
 六波羅が皆をここへ集めた理由。
 はじめに言っていた言葉を思い出したのである。

『君たちのマジック談義でも聞いてみたいなと思ったんだ』

 その言葉を思い出し飯村は悔しさが計り知れないくらいこみ上げていた。
「……先生は私が出立する前に言って下さったんです。『このロッジに他のメンバーが集まれば、君がいることにも変わりはない』って。いつでも私たちのことを考えてて下さったんです」
「だから釈迦さんは僕たちが集まっていたときでも仕事に集中していたんですね」
 二ノ宮の言葉に釈迦は黙って頷いた。
「でも自殺までしなくても……」
「先生の最期のプレゼントだったんだろうな。心臓の病では自分の生きている間にこの謎について会話がなされることがあるか解らなかったんだ。だから死期を縮めてでも……ということだったんだろうな」
 帆坂も目に涙を浮かべながら呟く。
「……でも悲しむだけじゃいけないのよね。先生の意思を受けて私たちにはやらなきゃいけないことがあるんですもの」
 晴見の言葉に全員が頷いた。
 そして釈迦は口を開いた。
「先生の追悼公演を開くために、皆で新しいマジックを考えましょう」
密室の謎〜問題編1〜へ
密室の謎〜問題編2〜へ
密室の謎〜問題編3〜へ
密室の謎 結果へ
かまいたちの迷宮へ