白い猟奇現場 〜中編 救世主が推理する〜

     1

 劇場の前には数人の制服警官が見張りのために立っていた。そこに悠々と周防と由紀を含めた一行は歩いていく。しかし甚五郎はそれを急いで止めた。
「ちょっと待て。正面から行ったら見つかって……」
「冬馬君、サポートを頼むよ」
 大岡は甚五郎の言葉をうち消すように言い、周防と由紀を連れてどんどん進んで行った。その行軍に気づいたのか警官の一人が周防と由紀を止めに走ってきた。
「こらこら、部外者は入るんじゃない」
「部外者じゃないわ」
「何?」
 大岡は何もせずに甚五郎の方を見ている。何かしらの手を打つものだと思っていた甚五郎は慌てて警官の元へと走った。
「ま、待ってくれ。彼らは部外者じゃない」
「は、はあ。そう言われましても、一体どういう方々なんですか?」
 警官に切り替えされて甚五郎は「ウッ」と言葉を詰まらせた。その表情を見て疑わしそうに警官は首を傾げる。甚五郎は何とかごまかそうとでたらめを口走った。
「か、彼らは、警視庁捜査一係に配属されることを期待されたキャリア候補生だ。事件の現場に慣れるためにも是非とも連れて行ってくれとの上からの通達だ」
「そう言われましても、何も伺っておりませんが」
「……緊急の通達だから、連絡がとれんかった」
 甚五郎の表情をまだ疑わしそうな目で見ている。
 ――このままじゃ完全にばれるぞ……。
 そう考えているところへ疑いを持った警官はとんでもないことを言い放った。
「それじゃあ上の方に確かめてみます」
 甚五郎の頭の中でアラームが鳴り響いた。そして何を言うより早くその警官の肩を掴んでいる甚五郎がいた。
「……な、何ですか!」
 手を肩に掛けたはいいがその先が何も思い浮かばない。どうしようか迷った挙げ句、甚五郎はとんでもないことを口にした。
「……彼らは警視総監殿のお孫さんだ」
 完全にやってしまった。見え見えの嘘である。警視総監の孫が二人も、しかも同時にキャリア候補生として訪れたという子供にでもあっさりばれてしまう嘘だった。
「……け、警視総監の」
 しかし、事もあろうに警官は萎縮するような声で呟いた。この隙を逃すまいとして甚五郎はたたみかけるように口を開いた。
「そうだ。疑うのは勝手だが、それは同時に警視総監殿さえも疑うことになるんだ。それでもかまわんのなら連絡を取りたまえ」
 説得をすると言うよりここまで来ると脅迫である。そのやり取りを見ながら大岡は必死で笑いを堪えている。由紀と周防はもう完全に肩が上下するほど笑いかけていた。
「……も、申し訳ありませんでした! う、疑うなどとはとんだ失礼を……」
 突然警官は由紀と周防の前に回り込み土下座して訴えるような声をあげている。その様子を見て周防と由紀は呆気にとられている。甚五郎も突然の行動に固まってしまっていた。
 警官はそれでもなお頭を下げ続けている。我に返った周防は慌てて警官を起こしにかかった。
「……ち、ちょっと。早く頭を上げて下さい。そんな、突然来たのは僕たちの方ですから」
「し、しかし! 警視総監殿の……」
 警官が顔を挙げるのを見るとさらに周防は慌てた。警官は涙を流していたのである。
 他の警官も集まってきて「許してやって下さい!」と口々に声を発している。
 大岡は完全に顔が笑ってしまっていた。それを悟られないように甚五郎の背中に隠れているほどである。
「み、皆さんも、そんなに気にしないで下さい。こちらこそ謝らなければいけないのに。本当にすみません」
 周防が頭を下げると警官達は恐縮して一斉に敬礼した。涙を流していた警官も立ち上がりその列に加わっている。
「疑った私たちに気を遣っていただけるとは、さすがは警視総監殿のお孫さんです! 疑ってしまった自分を大いに恥じます!」
「そ、そんな。本当に気になさらないで下さい」
 固まったまま甚五郎はやり取りを見ていたが我に返り、警官達に向けて口を開いた。
「そう言う訳なんだ。通してもらっていいかな?」
「ど、どうぞ!」
 警官達が言うのを聞いて甚五郎は劇場の方へ足を向けた。
 大岡は警官達に目を合わさないように片手を挙げて前を通過していく。
 周防はまだ気を遣うように「失礼します」と言って劇場の中に入っていった。
 最後に由紀は涙を流した警官にハンカチを渡し「おじいちゃんには内緒にしといてあげる」と言いスキップ気味に劇場に入った。その姿を警官は憧れの視線で見送っていた。
 この後、警視総監の株が上がったことは言うまでもない。

       2

   2月11日 16時15分

 一騒動終えて舞台へ四人は上がった。
「今は緞帳は降りてないんですね」
 周防はそう言うと舞台の上を見上げている。
「降ろしてこようか?」
「お願いします」
 大岡は頷いて操作パネルまで歩いて行くとポケットを探って一枚の紙を取り出した。それを見ながらボタンを見つけて押している。どうやら操作パネルの動かし方を書いた紙のようである。
 鈍い作動音をさせながらゆっくりと緞帳は降りてきた。半ばくらい降ろしたところで大岡は緞帳をストップさせた。
「どうしたんですか?」
「いや、ライトをつけんと暗くてな」
 そう言うと舞台上のライトボタンを押した。ゆっくりと明かりが舞台上に広がっていく。
 ライトがついたのを確認するとまた緞帳を降ろすボタンを押した。
 緞帳が降りきったのを確認して周防は舞台脇から緞帳を縦に見た。
「結構立派な緞帳ですね。厚みは7cmくらいはありますかね?」
 指で幅を作ってみせると由紀も舞台脇に回り同じ行動をとっている。
 周防は今度、客席側から緞帳を見た。緞帳の脇からは舞台上のライトは漏れていない。
「緞帳を上げてもらえますか?」
 舞台脇に戻り緞帳を上げてもらうように告げた。大岡は頷いて緞帳を上げに掛かった。
「客席側からは舞台の明かりは漏れないのが解りました。比良平の証言は正しかったみたいですね」
「証言って、緞帳が降りてるのに気づかなかったこと?」
「ああ。雪が降ってたような日なら月明かりもなかなか刺し込まなかっただろうからね」
 そう言いながら周防は舞台中央の血痕が広がる場所に移動した。由紀も舞台中央に移動し血痕を眺めている。
「ねえ、この血痕は何?」
 そう言いながら指さしたのは血だまりから少し離れたところにある血痕だった。
「それは指が転がってたところだ。そこに死体の切り取られた親指が転がっていたそうだ」
 自分の質問と同じ事をしたので甚五郎は即座に答えた。
「じゃあこれは?」
 次に由紀が指さしたのは血だまりから少し延びた一本筋の血痕であった。長さは大体3cm、幅は1cm強くらいのものであった。
「……さあ、それはわからんな」
「何カ所かにあるわよ? ほら、そこにも」
 由紀が指さす先には血だまりから少し延びたような同じ系統の筋が数カ所に見られた。一番最長のものが初めに発見した3cmほどの筋であった。
「何かの痕かしら?」
「犯人が踏んずけた痕かもしれんな。何度かこの辺りをうろつきでもしたんだろう」
「なるほどね……」
 甚五郎の言葉を受けて周防は呟いた。そのまま周防は視線を移動させて白く枠囲まれた所に固定させた。
「あれは何ですか?」
「凶器のナイフとゴム手袋が落ちていたところだよ。そこに捨ててあった」
 周防はふんふん頷いている。甚五郎は首を少し傾げて何を納得しているのかが解らなかった。
 そう思っているところに今度は由紀が疑問を投げかけてきた。
「この辺りで吊られて死んでたんでしょう?」
「そうだが、どうした?」
「結構高さがあるからどうやって吊り上げたのかなと思って」
 その言葉を聞いて甚五郎は大岡に合図を送った。吊り下げられていたバーを降ろしてもらう合図である。ちょうど頃合いの高さでストップしてもらい由紀に説明した。
「このバーの中央部に縄が掛けられていてそこに死体が吊り下がっていた。低い位置から首に縄を掛けて操作パネルのボタンを押す。そうして今ちょうど止まっている位置まで吊り上げたというわけだ」
「バーの高さってどれくらいなの?」
「250cm位の位置に停止していた。バーから垂れたひもの長さは50cmくらいで、実際のひもの長さは110cm。深山の身長が160cm弱だ。舞台上から死体の足先までの距離は40cmくらいだった」
 手帳を見ながら甚五郎は確かめるように言った。
「何で犯人は死体を吊り上げたりしたのかしら? 殺害したんだから舞台の上に寝かせて置いても同じだと思うんだけど」
「猟奇事件に見立てたのかもしれんぞ。犯人は死体をめった刺しにしてるんだ」
「じゃあ、何で見立てたの? それこそ不思議だわ。この位置に関係が……」
 そこまで言うと由紀は口を閉ざした。そして周防と甚五郎に告げた。
「あとは聞き込みでもした方がいいわね」
「何だって? まさか……」
「犯人の目星はついたわ。あと聞きたいことは一つだけよ」
「一体誰なんだ、それは!」
「あとで言うわ」
 甚五郎は面食らったような顔をしたがそこに周防も一言付け加えた。
「昨日のこの地域の降雪状況を聞いておいてもらえませんか?」
「じゃあ、周防君きみも……」
「いえ、確信は持てていませんが何となくは」
 そう言うと由紀と周防は甚五郎を置いて演劇場を飛び出した。
 大岡は甚五郎の肩をたたき「言われた通りにしよう」と呟いた。

      3

    2月11日 17時30分

 劇場から出ると急激な冷えを感じた。周防はそれでもなお走っている由紀を追いかけた。由紀はミステリー研究会の部室をノックし、部室のドアを開けた。
「由紀、どうしたの? あの後しばらくして探してたのに、どこにいたの?」
「ん? ちょっとね」
 部室の中には楓と俣貫、恵子、柳沢がおり、何やら話をしているところであった。柳沢は首を傾げて由紀と周防の姿を見ている。
「あ、松村さん、柳沢君ごめんね。彼女、私の大学の友達で冬馬由紀と周防健太郎君」
 紹介されると周防と由紀は軽く会釈をし、それに反応するように恵子と柳沢が会釈を返した。
「ちょうど今事件の話をしてたの。私たちの中に犯人がいるなんて考えられないって」
「っていうと?」
 由紀はわざとらしく聞いてみせた。そうすると楓は自分たちにはアリバイがあることを話し、その状況では殺人など起こせないと言う。警察側の見解と同じであることを確かめ頷いてみせた。
「一つそこで疑問なんだけど、比良平さんとご飯を食べてたとき、誰も席を外さなかった?」
「え? 席を?」
「うん。5分ぐらいでも外した人はいない?」
 そう言われて恵子以外の面々は思い出すように宙に目を馳せていた。しばらくして俣貫が口を開いた。
「何度か俺と柳沢はトイレに行ったけど、二人とも1分もかからなかったな。でも、確か比良平さんは『腹の調子が悪い』とか言って5分ぐらい席を外したよ」
「やっぱりね」
 そう言うと由紀は周防にウインクをして見せた。
「やっぱりって?」
 今まで黙っていた周防は由紀が黙ったのを見て口を開いた。
「そう言えばハッキリとした死因を聞きましたか?」
「いいえ。聞いてないですよ。知ってるんですか?」
「まあ、一応は……」
 少しもったいぶってみせると関係者の四人は身を乗り出して聞きたそうに顔を向けた。
「実は絞殺だったらしいんです」
「……ちょっと健太郎」
「いいじゃないか、死因を話したところで問題はないよ」
 由紀は眉根を寄せていたが周防は由紀から目を離した。
「でも悲惨よね。それじゃあ首を絞められてさらにナイフで刺されたんでしょう?」
 恵子は本当に嫌そうな顔をして口を開いた。それに同調するように柳沢も後を続けた。
「動物猟奇殺害事件みたいな感じですよね。首を吊られてナイフで刺されて」
「猟奇事件の犯人と同一人物なんだろうか」
 柳沢に次いで俣貫も口を開く。
「苦しくも松村さんの話通りになったわけだ」
「……だからって私はそんな風になるなんて思ってなかったんだからね。変な目で見ないでよ」
 どんどん話が収拾付かなくなってきたようなので周防は話題を変えた。
「……ところで一つ伺いたいんですけど、深山輝美さんのことで」
 その言葉で全員が少し動きを止めた。
「深山さんのことについて?」
「この話は松村さんが詳しいでしょうか」
「……どういうこと?」
 周防の言葉に少し身構えたように恵子は呟いた。
「いえ、大したことじゃないんです。深山さんのケイタイについてなんですが、深山さんはケイタイをいつも持ち歩くような人でしたか?」
「……ケイタイ。そうね、確かにいつも持ち歩いてたけど、どうして私に聞くの?」
「佐波さんは違う大学だし、俣貫君は違うクラブですよね。柳沢君は確か一回生でしょ? だからこの中で一番深山さんに接する機会が多いかなと思って聞いただけです」
「何だそうだったの。でもそれならみんなも知ってることじゃないかしら」
 恵子の言葉に他の三人も頷いた。
「深山先輩はいっつもケイタイを持ち歩いてましたよ。一年間見てきても会う度に絶対ケイタイを手にしてたイメージがありますよ」
 柳沢は頷きながら語っている。
「僕もあんまり接触無いけど、学校内で見るときもよくケイタイを持ち歩いてたな」
 柳沢に賛同する形で俣貫も話をする。
「私は深山さんと会ったのは初めてだったけど、舞台練習中もケイタイはポケットに入れて練習してたのは見たわ。確か練習中にケイタイが鳴って……」
「そうそう。何でもバイト先からの連絡でシフトが変わったとか何とか言ってたな」
 楓の話に俣貫も同調している。
「じゃあ結構関係者なら知ってることなんですか?」
「まあ有名な話ではあるわね」
「そうなんですか」
 周防は納得したように頷いている。由紀はその姿を見て何やらにやにやしている。
 その時、機械音の単調なリズムが鳴り出した。最近のドラマの主題曲らしかった。単調なリズムを刻む携帯電話を手にしていたのは由紀である。
「……あっもしもし。……うん、解った。……すぐ行くわ」
 それだけ言うと由紀は電話を切った。
「誰だったんだ?」
「お父さん。すぐ来てくれって。そういう訳だから、ちょっとゴメンね。行こう健太郎」
 そう言うと由紀は楓に片手で謝るジェスチャーをして周防と一緒に部室を後にした。

      *

 劇場の中で甚五郎と大岡は椅子に掛けながら待っていた。電話を掛けてからしばらくして駆け込んでくる足音が聞こえて振り向くと、周防と由紀が到着したようだった。
「何か、ここ入ってくるとき敬礼されちゃった」
 どうやら外の警官達は完璧に周防と由紀を警視総監の孫と信じて疑わないようだった。
「結構気分悪くないもんね」
 そう言いながら敬礼をして見せたが全く様になっていなく、むしろ滑稽でさえあった。
「……あんまり調子に乗るんじゃないぞ。それより頼まれてた物を調べておいたぞ」
 そう言うと甚五郎はFAXで送られてきた用紙を周防の前に差し出した。その用紙には昨夜の降雪状況が記されていた。周防に手渡すと中身の説明を甚五郎は始めた。
「昨夜のこの辺の降雪は結構あったみたいだな。昨夜22時30分頃まで雪は降っていたらしい。まあ、一時間ぐらい放っておけば足跡は消えるくらい降っていたそうだ。だから比良平が劇場にいたときも足跡は比良平の物しかなかったわけだ」
 甚五郎がそこまで言うと周防はにっこりと微笑んでいた。由紀も同じである。
「どうした? 何を笑ってるんだ?」
 甚五郎は何がおかしいのか解らず首を捻りながら聞いた。大岡も同じ事を考えているらしく、眉根を寄せてる。
「お父さん、事件は解決するかもよ」
「な、何だって! 本当か!」
「ええ。それでですね、お願いしたいことがあるんですが」
 周防は由紀と顔を見合わせそして甚五郎に告げた。
「事件の関係者をここに集めて下さい」
「まさかここで犯人を挙げるって言うんじゃないだろうな?」
「そのつもりです」
 事件の真相を全員の前で行うというのはあまりに危険すぎる。それが周防と由紀という警察関係者ではない者が行うのだからなおマズイ。
「事件の関係者には協力していることが知られるのはマズイと言っただろうが」
「そうなんですが、もう……」
 そう言うと周防は入り口の方に目をやってから甚五郎に目を戻した。確かにもう警察関係者に知られているし、取り返しのつかない嘘を付いているのも事実である。
「……そこで本当に犯人を見つけだすと言うんだな?」
「はい。だから、お願いします」
 もう後に戻れないんならあとから何が付いてきても一緒だと言う決心とともに甚五郎は頷いた。
 大岡の方を見ると頭をぺしりと打って頷いて見せた。
 自分が予期しないくらいおかしな方向に話が進んでいたが、事件解決が目の前にちらついた今、甚五郎には眼前に人参を吊り下げられた馬の如く突っ走るしかなかった。
「お父さん行ってきて。警視総監の孫二名の命令よ! 急いでね」
 甚五郎は顔をゆがめたが由紀の言葉を背に受けて劇場の入り口へと走った。



 かまいたちの挑戦状

 『深山輝美』を殺害した犯人は誰か?

 ここまでの問題編の中に犯人を特定するための情報、また謎を解く鍵は隠されています。
 すなわち犯人はこの問題編に登場した人物の中に必ずいます。

 基本的なルール
 ・表示された時刻は日本標準時である
 ・登場人物の氏名、職業の表記に嘘はない
 (時折、表示されていない冒頭部の時間は気になさらなくて結構です)
 以上のことをふまえた上で
  1,犯人の名前
  2,犯人特定のプロセス
 をお考え下さい。


投稿は締め切りました!



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