白い猟奇現場 〜後編1 ミステリー小説を実演する〜

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 甚五郎の招集で事件に関わったメンバーが劇場内にやって来た。
「あれ? 由紀に周防君、何やってるの?」
 楓が二人の姿を認めて小さく声をあげた。それに気づいて由紀は呑気に手を振っている。ぞろぞろと後ろからもメンバーが現れ、事件の関係者が全員そろった。
「一体何なんですか? こんな所に呼び出して。まさか推理小説の犯人を焙り出すシーンをやるんじゃないでしょうね」
 唐がおどけた調子で口を開いたが甚五郎と大岡が無言で頷いたのを見てキョトンとしてしまった。そこに由紀が追い打ちをかける。
「そのまさかです。ここに皆さんに集まってもらったのは事件の真相を明らかにしようと思っています」
 それを聞いて一同が唖然としている。
「あんたが謎解きするんじゃないだろうな?」
「ええ。そのつもりです」
 寺脇の言葉に自信満々の表情で由紀が答えた。
「……ところであんた誰だよ」
 唐は気づいたように言った。周防が何と名乗ろうか困った表情をしているのを余所に由紀が名乗りを上げた。
「警視総監の孫で、時期キャリア候補生の冬馬由紀と健太郎です」
 とんでもない発言に甚五郎、周防はおろか大岡まで心臓が飛び出るほどの衝撃を受けた。楓と俣貫は少し驚きはしたものの、冗談と取ったのであろう少し笑みを漏らしている。ところが他の恵子にしろ柳沢にしろ、一度顔を合わせた者でさえ感心するかのようであった。もはや今の由紀は信仰宗教の教祖のような態度で振る舞っている。
 思い切った行動に出過ぎているものの、何とかごまかせたようなので甚五郎は高まる胸をなで下ろした。
「……へぇ、そのキャリア候補の方々が今回の事件の真相を教えてくれるって言うことか?」
 信用した様子で唐は口を開いた。それに答えるように由紀は語りだした。
「そうです。今回私と健太郎は影ながら事件の真相について探らせていただきました。その上で導き出した解答です。聞いていただけますね?」
 完璧に演じながら由紀が言うと楓と俣貫以外は真剣な眼差しで頷いて見せた。
「それでは事件の犯人を挙げたいと思います。犯人は……」
 由紀が言おうとしているところに大きな声をあげながら割り込んでくる人間がいた。
「警視総監のお孫さんがいらしていると聞いたがどこにおられますか!」
 石黒はやせぎすの体を大きく見せるように歩きながら由紀達の元へ近寄ってきた。とんでもないタイミングで石黒が現れたのに驚き、甚五郎は急いで石黒を押し戻しに掛かった。
「な、何だ冬馬君! 警視総監殿のお孫さんに挨拶しなくてはいけないんだ!」
 必死でくい止めている甚五郎を一同が眺めている。さすがに由紀の表情もかげりを見せ始めている。そのうち甚五郎は石黒の耳元で何事か囁くと、石黒は飛び退き目を大きくして一同の方を見まわした。
 大岡も石黒の元へ駆け寄り、何事か耳元で囁くと石黒は大岡の方を向き直り肩を震わせている。しばらくすると石黒は由紀と周防の元へ近寄り腰を四十五度に曲げ震える声で挨拶した。
「……こ、これは由紀さん健太郎さん……ほんじ、本日は我々にご協力いた、戴きまことにあり、ありがとうございます」
 石黒の肩越しでにやけた甚五郎と大岡の顔を見て、由紀と周防はお互い安堵の息をもらした。
「私、不肖石黒、お二方のご尽力に痛く感激します!」
 この対応を見て一同は警視総監の孫に偽りはないものと信用しきっている。楓と俣貫は再度少し驚いたが、新しい演出が加わったものと解釈することにした。そこに由紀が恭しく言葉を投げかけた。
「石黒さん、お顔をお上げになって下さい。今からこの事件の謎を解明しようと思っているのです。少しお時間を頂けますか?」
 石黒は引きつった笑みを張り付かせながらもぎこちなく頷いた。それを見て由紀は「ありがとう」と言葉をかけて一同の方に向き直った。
 全員が由紀に集中したところで由紀はおもむろに口を開いた。
「……邪魔が入りましたが改めて言いましょう」
 邪魔というところを少し強調しながら枕詞を置いた。
「この事件の犯人は……あなたです」
 そう言いながら推理小説の探偵よろしく、腕を真っ直ぐ伸ばし一人の人物の元を指し示した。
 その人物の周りは少し後ずさっていた。指し示された人物を中心に半円の列が出来ている。中心にいる人物は慌てながら弁解を始めた。
「……ち、ちょっと待ってくれ。お、俺はやってないよ!」
 その人物の弁解に甚五郎と大岡は鋭い視線を送っていた。
「でもあなた以外に考えられないんですよ比良平さん。この事件の犯行はあなた以外にはなせないんです」
 由紀の冷静なセリフに一同は聞き入っている。しかし比良平は猛烈な勢いで反発する。
「本当にやってないよ! 俺にはできないって!」
「言い逃れしようとしても無駄よ! 私には全てが……」
 完全に舞い上がった由紀がセリフを言い終える前に周防は言葉を遮った。
「由紀、いい加減なことを言っちゃいけない。比良平さんには深山さんを殺すことは不可能だよ」
 思いがけない横槍に由紀はクリッとした目をむいて驚いている。しかしすぐに表情を戻し反論に出た。
「ちょっと健太郎どういうことよ! 私と指摘する犯人が一緒じゃなかったの?」
「残念ながら違うみたいだ。僕が指摘するのは比良平さんじゃない」
 二人のやり取りを見て一同は狼狽えている。甚五郎と大岡も二人の解答が食い違ったことで慌てている。石黒はどうして良いか解らず佇むばかりであった。
「由紀、僕が先に話をさせてもらって言いかい? おいおいおかしなところがあれば指摘すればいい」
「……別に構わないわよ? 私に間違いないことが明らかになるだけだから先にすれば?」
 皮肉を込めた口調で言うのを聞き、周防は一度頷いてから口を開いた。
「失礼しました。それでは僕から先に推理を展開させていただきます。まだるっこしいかも知れませんが、順を追って話を進めさせていただきます」
 一同は、今度は周防の方に向き耳を傾けるようにした。
「まず死亡した深山輝美さんの死体状況から話をさせていただきます。彼女は何者かの手によって絞殺されました。その直後犯人の手によって手の親指を一本切断されます。そして舞台上から首に縄を掛けられて吊され、しばらくの後にナイフで体を何度も刺されます。それを比良平さんに発見され佐波さんの手により警察へ通報されました。
 ここから先はもっと詳しく死体の状況を説明したいので舞台の上まで皆さん来ていただけますか?」
 全員周防の言葉に従うように舞台の上まで移動した。そして全員が舞台上に上がったのを確認してまた口を開き始めた。
「死体はこの舞台上で無惨な姿で発見されました。いま宙に漂っているバーにロープをかけられ、ちょうどこの血だまりのある上に吊されていました。
 ここで発見後の証言で不思議な光景であることが解ります。比良平さんの証言を元にすると緞帳は降りており、舞台上のライトはついていたのです。そうですね、比良平さん?」
 周防の言葉で比良平に視線が集中した。比良平は軽く頷き「そうだった」と答えた。
「何がおかしいかというと、まずは緞帳が降ろされていたこと。そして舞台上のライトがつけっぱなしになっていたことです」
 このことに石黒は口を挟んできた。
「おい……い、いや。健太郎さん、それのどこが不思議なんですか? 死体を発見されにくいように緞帳を降ろしていただけではないですか? それにライトはたまたま消し忘れただけなんじゃないですか?」
 無理矢理言葉を訂正しながら話し出したのでぎこちない感じではあったが、石黒は周防に疑問を投げかけた。
「確かにそう言う考え方もできるでしょう。しかし、比良平さんの証言を聞くとそれはあり得ないような気がするんです」
「お、俺の証言?」
「そうです。あなたはこの現場に訪れたとき近寄るまで舞台の緞帳が降りていることに気づかなかったと証言されています。このことから考えても別に緞帳を下げずともライトを消せば舞台は暗くて遠目からは死体は見えないはずです」
 ここには皮肉たっぷりに由紀が口を挟んだ。
「犯人は深山さんを殺害した直後に死体の親指を切断しているのよ? 首を絞める動作ならともかく指を切断するなんて細かな作業を明かりも無しにできないわ。だから舞台上のライトを使っても外から見えないように緞帳を降ろしたんじゃない?」
「由紀の指摘は最もです。ではそう仮定してライトと緞帳の事を保留しておきましょう」
 周防は由紀の意見をあっさり聞き受け、次の話に進むことにした。
「では次なる疑問点。どうして死体の指は切り取られ、めった刺しにされていたのか?」
「そんなの、犯人が猟奇的な奴だからに決まってるじゃないか。最近の動物猟奇殺害事件の犯人の犯行と同じ手口じゃないか」
 唐は舞台乗りのよい声で口を開いた。
「そうとも考えられますが、動物猟奇事件と今回の事件では大きく違う点が一つ見られます。先程も述べたように死体の指が切り取られているんです」
 周防の解説を軽く鼻で笑い唐はまた口を挟んだ。
「そんなのあたり前じゃないか。動物猟奇事件で殺されている動物は子犬や猫と言った小型の動物なんだぞ? 指を切り取るのが難しいから切り取ってないだけだろ」
「ではお聞きします。先に起こった動物猟奇事件で指を切っていないなら、後で起こした事件でも同じように指を切り取らなければいいはずです。しかし犯人は指を切り取っているんです。つまり、今回死体の指を切り取ったことには何らかの理由があると考えられるわけです。どうですか?」
 周防に聞き返され唐は言葉を詰まらせた。唐が何も言わないのを見届けて周防は先を続けた。
「反論がないようなので先に進みたいと思います。さらに犯人は指を切断する以外にも死体をナイフでめった刺しにしています。これは猟奇事件の見立てであると考えれば問題ないでしょうが、それでは腑に落ちない点があったんです」
「一体何なのよ、その腑に落ちない点って言うのは?」
 恵子が先を促すようにして合いの手を入れた。それに乗り、周防は先を続けた。
「実は刺し傷は検屍の結果、深山さんの死後、2時間30分後につけられたものだとされたんです」
 検屍結果の報告を聞いて一同がざわめいた。そのざわめきを抑えるように周防は再読口を開いた。
「つまり猟奇事件に見立てるにしては時間があきすぎていると思うんです。見立ての要であるナイフでの損傷を犯人が忘れたとは考えられません。これから考えてもこの行動は何か意味あるものと考えてよいと思います。ここまでで何か反論はありますか?」
 周防はぐるりと見まわすと誰も反論を挟もうとしないので落ち着いた口調で推理を再開した。
「ではこれも保留しておくとして、最後に一つ残った謎を提示します。それは死体を吊り下げていたバーが何故あの位置で止まっていたのかと言うことです」
「……あの、別に変には思わないんですけど。死体を吊す高さが何か問題あるんでしょうか?」
 控えめな口調で塚山が疑問を投げかけてきた。それについて周防は解説を始めた。
「犯人が絞殺した死体を吊り下げる行動は猟奇事件の見立てにするためであるとの説を主張した場合はそうなります。しかし、あれだけ中途半端な位置に吊り下げるくらいなら、いっそ首にひもを掛けたまま死体を床に寝そべらせても問題はないと思います。先程も述べたように犯人は死体の指を切り取るという見立てと違う行動をとっています。その時点でそれほど見立ての形にこだわる必要はなくなってくるはずです。それなのに犯人はそうせず死体を中途半端な位置に吊り下げています。つまりここにも何かしらのメッセージのようなものが伺えるため、この行動は何らかの意味があると捕らえてよいと僕は解釈します」
「……なるほど、そう言われればそうですね」
 塚山はあっさりと自分の意見を引っ込めた。一度ここまで説明を終えると周防は一度深く息を吸い込んだ。首を回し、肩を上下させてリラックスすると再び推理の火蓋を切って落とした。
「これらの謎は今は提示するだけに留めておきます。全ての状況提示後に解明するとして、次に被害者である深山さんを殺害できた人物が存在し得たかという事について検討していくことにします

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「まず深山さんの殺害に関する時刻、死体の状況などをお義父……いえ、甚五郎警部お願いできますか?」
 周防に名前を呼ばれて甚五郎は少しハッとした。このままずっと周防が説明して行くものだと思っていたため気を抜いていたのである。一斉に視線が集まったため咳払いを軽く行い、手帳を開いて説明に入った。
「深山輝美さんの死亡原因は、バーから垂れ下がっていたひもにより首を絞められた、頸骨骨折が原因であります。死亡推定時刻は23時30分頃に到着した警官による死後硬直と死斑の判断の通り、19時から20時の間であると考えられます」
 甚五郎の説明を全員が食い入るようにして聞いている。事情聴取以来の刑事らしい仕事をしているような気持ちになった。
「なお、死体の指は先程の周……健太郎さんの説明通り、深山さん殺害直後に切断されています。その後、2時間30分ほど経過してから死体はめった刺しにされています。切断された指の断面と刺されていた傷口の断面から、両方とも現場に落ちていたナイフによる損傷であることが解っております」
 そこで言葉を切ると周防が軽く頭を下げて「ありがとうございました」と言った。それを見て甚五郎も軽く頭を下げて見せた。
「深山さんの死亡推定時刻は甚五郎警部からの説明のように昨夜の19時から20時の間であるということが解ります。皆さんもこの死亡推定時刻は聴取を受けたときに聞いているはずなのでご存じであると思います」
 周防が全員を見まわすとそれぞれが頷いる。そのことを確認しながら周防は再び口を開く。
「実はこの死亡推定時刻はさらに絞ることが可能なのです。なぜなら警備員の証言により深山さんは七時四十分まで生きていたことが確認できたからです。深山さんは一度家に戻り、19時40分頃に門の前を通ったのを警備員に完全に確認されています。よって死亡推定時刻は昨夜19時40分から20時として考えられることができます。
 さて、この時間を基に皆さんにはアリバイがあったかどうかを確認していきたいと思います。
 まず学校に残っていた比良平さん、俣貫君、佐波さん、柳沢君に関してはお互いに文化部棟にいたことが確認されているため、アリバイが成立していると考えられます」
 周防の言葉に比良平、俣貫、楓、柳沢がそれぞれ頷いている。
「次に学校外にいた皆さんについて考えてみます。こちらの方も門を通過した時刻とそれぞれの行動が警備員によって確認されているためアリバイが成立します」
 学校外にいた人間達も今の言葉に頷いている。
「では門を通過せずに壁を越えて学校内に侵入したと考えてみてはどうでしょうか? 学校の壁は結構高いですが、ハシゴを利用すれば何とか侵入は可能かと思われます。
 しかし、学校内に入るにしても外へ出るにしても、高い塀の上と言う足場の悪い場所でハシゴの上げ降ろしはかなり危険な行動と思えます。さらにその姿を近隣の住民に発見される恐れもあり、犯行を行うにはあまりにもデメリットが多すぎるため、この方法を用いたとは考えられません」
 ここまで聞いて、甚五郎と大岡は少し険しい顔つきになっていた。これでは全員のアリバイ成立を披露したに過ぎないからである。そんな心配をしていた二人に思いがけない言葉が耳に飛び込んできた。
「この方法以外で侵入することはできないと考えていいと思います。
 よってこれらの結果から、学校外にいた人たちにも昨夜19時40分から20時にアリバイは成立し、犯行は不可能であると考えられます」
「……お、おい。犯人はもういなくなってしまったとか言うんじゃないだろうな?」
 甚五郎は表情を曇らせながら周防に向かって聞いた。
「残念ながらそうなりますね……」
 愕然とした表情で甚五郎は口を半開きにし、目を点にさせている。大岡以下、他の全員も同じ表情になってしまっている。
 それに対して由紀は口を挟んできた。
「……ちょっと健太郎、本気で言ってるんじゃないでしょうね?」
 由紀の言葉に周防は口の端を上げて見せ、再び口を開きだした。
「皆さん何か勘違いされているようですね。僕はあくまで、深山さんが死亡したとされる七時四十分から八時の間に犯行が行えた人間はいないと言っただけで、深山さんを殺した犯人がいなくなったとは一言も言っていませんよ」
「……だと思ったわ」
 周防が軽い調子で説明するとそれを聞いて由紀は呆れたような顔つきで呟いた。
「紛らわしい言い方をするな! 一体君たちは……」
 喚き立てるように石黒は言ったが、自分の役どころを思い出したのか慌てて口を押さえた。
「紛らわしいと思われたのであれば謝ります。申し訳ありませんでした」
 周防が石黒に対して頭を下げてみせると石黒は慌てた様子で口を開いた。
「……い、いや。かまわ、構いませんよ。こちらこそ声を荒げたりして申し訳ありませんでした……」
 苦虫をかみつぶしたような顔になりつつも、謝罪の言葉を述べた。
「そんなことはいいけど、犯行を行えないんじゃ誰も犯人じゃないって事に変わりはないだろうが」
 周防を訝しんだ目で見ながら唐は口を開いた。それを受けるように周防も口を開いた。
「そうじゃありません。昨夜の19時40分から20時に犯行を行えた人物はいないことを証明しただけで、それ以外の時間で犯行を行ったことの証明はまだしていません」
「……じゃあ、深山さんはその時間帯以外で殺されたって言うことか?」
 唐の言葉に周防は頷いてみせた。このやり取りに場がざわめいた。甚五郎も大岡と顔を見合わせ飛び出んほどに目をむいている。
「昨夜の19時40分から八時の間に犯行が行われていないのであれば、唐さんの言ったように考える他ありません」
「し、しかしだな死亡推定時刻は昨夜の19時から20時の間なわけだろう?」
 役になりきるのを忘れて大岡は慌てた口調で反論した。
「いいえ。それも何らかのトリックを用いれば、その時間を狂わせることができると僕は思うんです」
 『トリック』と言う言葉が耳に入ったとき甚五郎は頭の中に衝撃が走った。その反動で「何っ!」とうわずった声を発してしまったほどである。
「トリックって推理小説何かで出てくるやつのこと?」
 恵子は冷静な表情をしつつ周防に質問した。
「そうです。では一体どのようなトリックを用いれば時間の勘違いを起こさせることができるでしょうか。今から様々な例を挙げて考えていきたいと思います」
「もしかして『密室講義』みたいなことをするの?」
 由紀は面白がりながら口を挟んだ。
 耳慣れない言葉に甚五郎も続けて口を挟んだ。
「何だ、その『密室講義』って言うのは?」
 甚五郎の言葉の説明を由紀と周防よりも早く俣貫が始めた。
「アメリカの推理作家でジョン・ディクスン・カーと言う人がいるんですが、彼が書いた小説『三つの棺』の中で登場する探偵役のフェル博士が密室について行った講義のことです。要するに密室についての定義やらを唱えたものだと考えて下さい」
 俣貫が解説を終えると石黒は眉間にしわを寄せながら口を開いた。
「カーか『車』か解らないが、そんな人間の作品を真似してどうしようと……」
 石黒が言い結ぶ前に周防は今まで見たこともないほどの形相で石黒を睨みつけた。普段の好青年な表情ではない“鬼”を連想させる表情である。
「ジョン・ディクスン・カーです。彼の作品を知らずにそう言った態度をとらないで下さい」
 周防は駄洒落に腹を立てていたのではない。カーを馬鹿にしたような態度をとっている事に腹を立てたのである。
 周防にしては珍しい冷ややかな声で石黒は固まってしまい閉口してしまっていた。
 ――あまり推理小説を馬鹿にはできんな……。
 と甚五郎は心の奥で呟いた。
 石黒から視線を外し元の表情に戻して周防は口を開いた。
「由紀や俣貫君が言った『密室講義』ほど優れた物ではありませんが、僕もアリバイに関して検討しつつ話を進めていきたいと思います」
「健太郎博士の『アリバイ講義』って言うわけね?」


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